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コロナ禍の観光業界で見出したブルーオーシャン

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1929(昭和4)年、滋賀県おごと温泉で創業した株式会社湯元館は、人気の高い老舗旅館だ。新型コロナウィルスの影響で多くの観光業は大きな打撃を受けたが、同社も例外ではなかった。利用者の20%を占めていたインバウンド客はゼロとなり、国内の団体旅行もすべてなくなった。しかし、そんな逆風のなか、同社は新旅館の開業に踏み切る。開業以降、稼働率はほぼ100%を維持。どのような戦略を立て、実行したのか。「最初から勝算はあった」という中村正憲社長にうかがった。

新たなコンセプトの旅館をコロナ禍でオープン
1929(昭和4)年におごと温泉で最初に旅館を開業した湯元館。現在、同館をはじめ、滋賀県と京都府で6軒の旅館を経営している。新型コロナウィルス感染拡大以前は、アジア圏を中心とするインバウンド客が大勢訪れ、経営は順調だった。しかしコロナが拡大し始めた2020年3月、客足は一気に途絶え、国内旅行も激減した。
そんなさなかの20年6月、同社は「愛犬と一緒に泊まれる旅館」をコンセプトとした、新たな旅館「びわ湖松の浦別邸」(以下、松の浦別邸)をオープンした。
「開業当初から予約が途絶えることがなく、稼働率はほぼ100%を維持しています」。
こう語るのは、同社代表取締役社長の中村正憲氏。新館の計画はコロナ以前からのもので、企業の保養施設だったという物件を確保し、開業準備を進めてきたという。ただ、この物件には一つ大きな問題があった。琵琶湖の眺望はすばらしいものの、周囲には他に目立った観光資源がない。観光旅館としては成り立ちにくい立地だったのだ。
そんなときに「愛犬と一緒に泊まれる旅館にしてはどうか」とアイデアを出してくれたのは、同社の針谷了会長(創業家・三代目)だった。観光客を呼び込むのが難しいのなら、特定の趣味や属性を持つ人が泊まりに来てくれる施設をつくればよいのではないか——。この逆転の発想が、同社の新展開とその後の成長をもたらすきっかけとなった。
感染収束の見通しも立たない時期での開業に、社内からは「大丈夫か?」「もう1年待ってみては?」と不安の声や慎重論もあがったが、迷いはなかった。
綿密な市場調査や収支シミュレーションを繰り返した結果、中村氏には「コロナ禍という不確定要素はあっても、失敗はしないだろう」という確信が生まれていたからだ。根拠の一つが、近隣エリアに、類似したコンセプトをもった旅館がないということだ。
「正確に言えば、『ペット宿泊可』という旅館やホテルは、あるにはあります。しかし、愛犬家が愛犬と一緒に楽しむことを目的とした旅館はありませんでした。そうした旅館を当社がつくれば競合はない、ブルーオーシャン市場を切り開くことができる、と考えたのです」。



人も犬も我慢させない顧客満足の徹底追求
松の浦別邸の敷地内には2種類の広いドッグランや犬専用の露天風呂、犬用ビュッフェが用意されている。希望に応じて犬用の近江牛ステーキも提供するという。犬へのサービスもさることながら、人に対するおもてなしも手厚い。客室は6タイプで全10室。各部屋に露天風呂がついており、食事も「高級料亭と比べても遜色ないクオリティ」(中村氏)で提供しているという。ポイントは、「人も犬も我慢しなくてよい」空間づくりだ。
「『ペット宿泊可』としている旅館でも、『食事の場所にはペットは入れない』といった制限が多いのです。その間は愛犬と離れ離れになる。それはつまり人にも犬にも我慢を強いているということです。当館では、我慢をしなくてすみます。食事もお客様と愛犬がダイニングルームで一緒に楽しむことができます」。
松の浦別邸に企画段階から関わったのが、やはり愛犬家の大西朝子支配人だ。大西氏は犬好きの視点から客室の設計やサービスを考案。開業前から、愛犬家も愛犬も満足できる旅館づくりを徹底的に研究・追求してきた。
その姿勢は、人気旅館となった現在も変わらない。宿泊客から「テラス柵の隙間から犬が落ちそうになって危ない」と聞けば、すぐに小型犬でも落ちない幅のフェンスを取り付ける。まずは試して、うまくいかなければ他の方法を考える。こうした小さな改善を、旅館スタッフとともに日々、繰り返しているという。
「徹底した顧客満足の追求は、創業以来の経営理念『忘己利他』が浸透しているからかもしれませんね」。
忘己利他とは、自分のことよりも他者を優先する、という仏の教えだ。



SNSマーケティングの強力な効果
れにしても、コロナ禍が続く中、旅館で稼働率100%を維持するとは尋常ではない。なぜ、そんなことができるのか?
「その理由はですね、ロイヤルティの高い顧客層がコミュニティとして存在しているということです。実は開業前からSNSを使って愛犬家のコミュニティづくりを進めていたのです」。
発案したのは支配人の大西氏。愛犬家たちは公園で散歩しているうちに顔馴染みになったり、ドッグランで交流をはかったり……と、そもそも自然にコミュニティが発生しやすい傾向がある。こうした層に働きかけ、コミュニティを募っていったのだ。ここで新しくオープンする旅館の情報を発信すると「こんな施設にしてほしい」「こんなサービスがあったらいいな」など愛犬家たちの意見が飛び交い、コミュニティは盛り上がっていたという。オープン前には既に、多くのファンを獲得していたのだ。
オープン後は宿泊客が愛犬と一緒に撮影した写真をSNSに投稿したり、高評価を書き込んだりすることで、コミュニティはさらに拡大していく。人気のスイートルームは、既に秋頃までの予約が埋まっているという(22年1月末時点)。急なキャンセルが発生することはあっても、それをSNSで発信すると、キャンセル待ちのフォロワーからすぐに予約が入る。「100%の稼働率」とは、まさにSNSマーケティングの威力によるものと言えるだろう。



直販営業効率の向上と旅館ビジネスを革新
SNSマーケティングは、中村氏が、長年、課題としていた直販強化の突破口にもなった。現在、松の浦別邸は約90%が直販だ。それ以前は、同社の集客の大部分は旅行代理店やネットの予約サイトに依存していたという。
「営業力の強い大手旅行代理店などを通せば、もちろん集客は助かります。しかし先方の売り方に見合うような価格に設定しなければなかなか紹介してもらえなくなる。結果的に価格決定権を失っていきます。手数料負担も小さくありません。こうした営業方法を脱却できないかとずっと考えてきました。それが今回の一連のチャレンジで糸口が見えてきました」。
外部に任せなくても、直販で売れるだけの魅力を松の浦別邸はもっていた、という言い方もできるだろう。
明確なコンセプトをもった商品とそれを支持する顧客コミュニティ、そして、その顧客と直接つながっていること……ここに松の浦別邸のビジネスとしての強さがある。その強さは、コロナ禍のような大きな環境変化にも、影響も受けなかった。旅館ビジネスの新たな可能性を切り開いたといえるだろう。
中村氏によると、このブルーオーシャン市場にはまだ拡大の余地があるという。
「現在は湯元館本館をリニューアルし、一部を愛犬と一緒に泊まれる客室に改装中。他の旅館でも検討を進めています」。
同社の旅館ビジネスがどのように進化していくのか、今後も注目していきたい。

株式会社湯元館 代表取締役社長 中村正憲氏

Company Profile
株式会社湯元館
所在地 滋賀県大津市苗鹿2-30-7
創業 1929年
設立 1964年
資本金 5000万円
売上高 15 億1800円
従業員数 137人
https://www.yumotokan.co.jp/

Profile
兵庫県生まれ。1995 年に株式会社湯元館に中途入社。長く営業職に従事した後、専務に就任。2016 年、五代目社長に就任する。現在は、湯元館をはじめ、グループ6館の宿泊施設の経営を担っている。

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