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逆風下の魚屋を立て直した四代目の戦略思考

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東京荻窪に本社・総本店を構える東信水産株式会社は1949年創業の鮮魚小売業者。直営店のほか多数のテナント店を展開、成長してきた。しかし近年では、働き方改革の影響や消費者の生活スタイルの変化により、収益構造が悪化、赤字が続いていた。そこに登場したのが、四代目社長の織茂信尋氏だった。社長就任時の赤字は9500万円に達していたが、その2年後には急回復。2020年の営業利益は7500万円と黒字化に成功した。その要因の一つが、新たにつくったプロセスセンター(東信館)。ここで魚を切り身や刺身、惣菜などに加工。自社店舗に出荷するだけでなく、ミニスーパーなど厨房を設置できない商業施設への卸事業も加速している。業界的にも厳しい経営環境下で、どのように再成長の道筋を見出したのか。織茂氏に社長就任前からの一連の改革についてうかがった。

コスト高に陥った魚屋業界
――御社の創業は1949年ですね。織茂社長は四代目社長とうかがいました。
戦後の混乱がまだ続いていた頃、初代が東京、荻窪で魚屋を始めたのが始まりです。以来70余年、生鮮魚介類を中心に「食」に携わる事業を行ってきました。
荻窪総本店のほか、現在、都心を中心に百貨店の「デパ地下」やスーパーマーケットに19店舗を出店しています。また、3年前からは、新しい事業として、プロセスセンター(東信館)をつくり、ここで魚を捌いて、刺身や寿司、惣菜など即食性のある商品を製造し、それらをミニスーパーなど31超の店舗に卸しています。

――織茂社長の事業承継の経緯について教えてください。
もともと経営者になるつもりはまったくなく、大学院で有機化学を研究していました。ところが学費を稼がなくてはならない事情が生じ、一旦、総合商社に勤務。
たまたまですが、水産関係を担当することになり、ノルウェーでシシャモやアジ、サバ、国内でマグロの養殖事業などに携わっていました。そんなとき、社長から会社に来ないかと言われ、2010年に入社しました。そのときも社長になるつもりはなく、一社員として働いて、そのうち大学に戻れれば、などと思っていました。

――ところが、結果として四代目となり、社長に就任されました。なぜでしょうか。
私が入社する少し前から、魚屋を取り巻く環境が大きく変わり始め、当社も収益構造が大きく悪化していきました。いちばん悪いときで赤字が9500万円ほど。
このままでは、一生懸命に働いてくれている社員たちに報いることができない。ボーナスも出せない。その家族の生活を守れない。みんなの暮らしを豊かにするには、会社を立て直さなければならない。それが自分の役目なのだと決意しました。
結局、大学院には戻れませんでしたが、現在、実践女子大学でフードビジネス論などを教えており、アカデミックな世界に片足は残せたかなと思っています。

――収益が悪化した原因は何でしょうか。
第一に働き方改革の流れや労基法の改正により、人件費を中心にコスト高の構造に陥っていたことです。
魚屋にはマルチな才能が求められます。旬な魚を仕入れ、きれいに捌き、美しく陳列してお客様に提供する……商品知識はもちろん接客知識、店長なら店舗をマネジメントする力なども必要になります。昔はともかく、今はそうした人材を多数確保し、育てることが難しいのです。
さらに朝が早い。朝4時頃から市場で仕入れをして、店に戻ったら魚を捌き、10時には開店。そこから休みなく営業して、閉店するのは夜の8時、9時。そこから清掃して帰宅できるのは夜10時くらい。もちろん複数人で運営しますが、どうしても長時間労働になりがちです。
これを是正していくには、さらに多くの人手と残業費が必要となります。それまでの、たくさん人を雇って店舗を増やし拡大するというビジネスモデルは成り立たなくなっていました。

第二に、消費者の生活スタイルの変化と、それに伴う魚価の高騰です。一般の家庭で調理にかける時間はこの10年で15~20分くらい減少しています。とくに魚料理は手間がかかるので好まれません。
当社で言えば、売り上げの70%以上は、刺身や寿司、惣菜など調理不要の「即食系」です。その結果、売れ筋の魚種であるマグロやサーモンなどの一部の魚に偏るようになり、それも魚価相場の上昇を招いています。しかし、消費者のプライスラインは急には上げられない。結果として多くの魚屋が、原価率の上昇、粗利率の減少を余儀なくされ、経営を圧迫するようになっているのです。


DXで生産性向上を図る
――厳しい状況にあって、まず、デジタル化に取り組まれました。
当時はそういう言い方ではありませんでしたが、今でいうDX(デジタルトランスフォーメーション)です。生産性を高め、財務基盤を強化しなければ新しいことにも挑戦できない。足元を固めるところから始めました。

――具体的には?
売上管理や仕入管理など、以前は手書きだったものをデジタル化しました。
たとえば、各店舗の売り上げ確認は、各店舗からFAXで送られてきた用紙を、翌朝、本社の担当者がチェックして、清書して……という作業を、ひどいときには二日間ほどかけて行っていました。それが今ではシステムで自動集計され、人のチェックを含めても半日で終わるようになりました。
本社に勤務する総務部門や企画部門の社員は、かつては50~60人いましたが、いまは20~30人。ここ数年で圧倒的な業務効率化が進みました。

仕入れについても、以前は3枚綴りの仕入れ伝票を使っていて、どの魚をどれだけ仕入れたか、各店長が休憩室で一生懸命手書きで書いていました。店長というのは魚屋としての能力が高いから店長なのですが、その人が店舗に立つことができないことが往々にしてあったのです。それが、これらシステムの導入により、現場は負担削減され、本業に集中することができるようになりました。

経営陣や管理職も、日々の経営数値が自動集計され、営業利益も即座に算出されることで、迅速な営業判断や経営判断が可能となっています。

――仕入管理システムは自前で開発されたそうですね。
既製のシステムはバーコードがついた商品を扱う場合にはよいのですが、生魚にはバーコードがつけられません。魚屋にとっては使い勝手がよくありませんでした。といって自前でつくるのは、凄まじく難しかった。
なぜかというと、魚は実にカオスな世界なんです。たとえば同じ魚でも、産地によって名称が違う。数え方も「尾」「匹」「杯」などと違う。取引の際の単位も、「一尾いくら」というのもあれば、「箱あたりいくら」「グラムあたりいくら」などバラバラです。それを統一してマスターデータをつくるのに2年半かかりました。

――デジタル化に際して、現場での混乱や抵抗はなかったのですか。
比較的うまく進められたと思います。実は最初の構想では、各店舗にパソコンを設置して、そこで売り上げや仕入れを入力してもらおうと考えていました。
しかし、パソコンだと熱を帯びた電源やコードに虫が卵を産んだり、キーボードの溝のほこりが飛散したりするなど、厨房に置くには衛生的ではない、と却下されました。そんなときに登場したのがiPadです。iPadならパソコンよりも衛生的に扱え、また操作性もスマートフォンと変わらない。現場も抵抗感なく受け入れてくれました。タイミングもよかったのです。


新規事業へのチャレンジ
――DXで成果を挙げ、いよいよ2018年にプロセスセンター(東信館)を設置されました。どのような施設でしょうか。
東信館は、寿司、刺身、惣菜、切身など即食性商品の加工作業を集約した施設です。生産管理システムによる24時間の管理体制を構築し、商品を計画的に一部の直営店に配送するほか、ミニスーパーなどに卸しています。店舗での調理時間を削減できるほか、労働時間の見直し、若手人材の育成の場になっています。

――なぜ、この新事業にチャレンジしたのですか。
一般的な魚屋の場合、厨房には巨大なウォークイン冷凍庫やトレイ置き場が必要となります。防水設備なども施さなければなりません。そうすると売り場面積は、実は10%程度しかありません。面積効率が悪いのです。
一方、都心部では人口増加を背景に、2011年頃からミニスーパーが増えてきました。小型店舗に、巨大な厨房を抱えながら出店できるかといえば答えはノー。そうすると加工施設から各店舗に卸すという事業は、必然的に導き出されます。東京で70年間、魚屋を営んできた当社だからこその合理性を追求した結果、生まれた事業ともいえます。

――DXとプロセスセンターの設置。一連の改革は、こうすれば成功するという“勝ち筋”が見えていたのでしょうか。
入社した直後から、この道筋は見えていました。とくに私に先見性があったというわけではなく、ただ、変化するマーケットのマクロデータと、自分たちのミクロデータから逆算しただけです。

自社のことだけを理解してもダメですし、マクロだけだと評論家になる。両方をしっかり読み込んだうえで、DXもプロセスセンターも投資を決定しました。もちろん様々な状況次第で、いま投資すべきか、後にするか、どの程度投資すべきか、などは慎重に経営陣と相談しながら決めていきますが、基本的に、マクロデータとミクロデータから導き出した答が一致したときは、会社として絶対に投資しようと決めています。

――今後、投資すべきこととしては、どのようなことをお考えですか。
少し先の未来で興味があるのは、自動運転です。法律的にはまだ実施できませんが、技術的には既に可能。物流における大きな革新がすぐそこに迫っていると思います。プロセスセンターから各店舗への配送も大きく変わります。そこに向けて今からどう準備を進めていくか。職人さんのように魚をきれいに捌くことはできませんが、常に時代の変化を読みつつ、会社をリノベートしていくことこそが私の役割だと考えています。
(文中敬称略)

東信水産株式会社 代表取締役社長 織茂信尋氏


Company Profile 
東信水産株式会社
所在地 東京都杉並区上荻1-15-2 丸三ビル3 階
設立 1949年
資本金 5000万円
売上高 51億円(2021年1月)
従業員数 260名(2021年1月現在)
http://www.toshin.co.jp/

Profile
1984年東京生まれ。東京工科大学バイオニックス学部(現応用生物学部)にて有機化学を学び、同大学院修了。総合商社勤務を経て、2010年に東信水産株式会社に入社。営業企画部(現商品企画部)を経て、2017年1月、代表取締役社長に就任。2013年より実践女子大学にて水産消費概論、フードビジネス論の講師を務める。

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