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今できる現場改革を徹底する

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1630年、江戸時代に創業した一の湯は、箱根でも古い歴史を持つ老舗温泉旅館だ。先代社長である小川晴也氏は、洋風ホテルの失敗で赤字が膨らんだ一の湯を守るため、低価格路線の先陣を切り、チェーンストア理論にある人時生産性を経営に取り入れる等の改革を実施。業績は回復し、現在では、同地域に旅館とホテル合わせて10の施設を運営する一大グループとなっている。2015年、新卒で入社したサイゼリヤを辞めて一の湯に就職した息子の尊也氏は、常務を経て18年に社長に就任。先代が行ってきた経営を踏襲しつつ、従業員の誰もが質の高いサービスを行えるよう、すべての業務をマニュアル化した。コロナ禍にあっては、経費削減と徹底した衛生管理を行い、安価でありながら安心して贅沢な時間を過ごせる旅館として認知度を高め、今後、45年までにチェーンストア理論を最大限活かせる店舗数、200のグループ店舗の出店を目標に掲げている。

チェーンストア理論を取り入れた経営
──一の湯は、箱根で二番目に古い歴史を持つ旅館だとうかがいました。長い歴史の中で、何度も苦境を乗り越えて来られたことと思います。
小川 創業は寛永7年(1630年)。江戸時代の初期から始まり、2020年に390周年を迎えました。私で十六代目になります。もちろんその間ずっと順調だったわけではありません。父が継いだ当初、祖父の代に建てた洋風ホテルがうまくいかず、赤字が膨らみ続けている状態でした。
父はそれを立て直そうと、当時の箱根の温泉旅館では考えられないような低価格路線を取り、さらに、チェーンストア理論を経営に取り入れるという大改革を行っています。特に、従業員の時間当たりの生産性を意識し、それを上げていくことで経営の効率化を測る「人時生産性」という取り組みを行うことで、経営の立て直しを図りました。
──先代の改革を側で見ていて、子どもの頃から家業を継ぐことを意識していたのでしょうか。
小川 一の湯がチェーンストア理論を取り入れた経営をしていることは、なんとなくですが、子どもの頃から知っていました。大学卒業後、新卒でサイゼリヤに就職したのも、自分が家業を継ぐ時に何が必要か考え、「真のチェーンストアマネジメントを経験するべきだ」と思ったからです。サイゼリヤで6年働き、15年に一の湯に戻りました。
入社して1年間は、現場でオペレーションの仕事を経験し、その後、商品開発部を立ち上げました。そこで、旅館で提供する商品を、客室、料理、温泉、接遇の四つの部門に分け、より良いサービスを提供すべく、改革を行っていきました。「接遇」は、従業員がお客様に対して行う接客などのことです。従業員が提供するサービスも商品の一つと考えたんです。



接遇の差をなくすためのマニュアル
──旅館のサービスに関するマニュアルもつくられたとうかがいました。
小川 昔の旅館では「仲居は一人前になるまでに10年はかかる」と言われておりましたが、一の湯では人によってサービスに大きく差が出てしまうことが問題であると考えていました。一の湯に来てくださるお客様には、いつ来ても同じように質の高いサービスを提供し、お客様に喜んでいただきたいと考えています。それには、人によって差が出てしまうサービスの質を均一化する必要があると考えました。提供するサービスの質を高品質で保ち、さらに、人によって差が出ないためにはどうすればいいか――。それには、まず、一の湯として最低限守るべき事項を記載したマニュアルを作成し、従業員は、それに沿って仕事をするようにしたらいいと思いました。
何をどうすればいいかがマニュアルを見ればわかることで、サービスの質が均一になります。また、それによって生産性も上がり、従業員が今までよりも仕事がしやすくなる。仕事がやりやすくなれば、よりお客様に喜んでいただけるサービスを提供する余裕も生まれます。マニュアルは、お客様により良いサービスを提供するためのものであり、従業員がより働きやすくなるためのものでもあるんです。
──どのような作業をマニュアル化したのでしょうか。
小川 旅館業務の全てを文書化し、図やイラストにまとめました。その数は全部で12冊。旅館の業務がどれだけ膨大なのか、改めて知るきっかけになりましたね。
また、マニュアルは「つくれば終わり」ではありません。より良いやり方や時代に沿った接客など、業務は改良していくものですから、年1回は改訂の必要があります。
ただ、12冊あるマニュアル全てを毎年改訂するとなると、手間もコストもかかる。そこで、電子化したマニュアルに移行しました。今では、各店舗にタブレットを置き、いつでも見られる状態にしてあります。またアプリを入れることで個人のモバイルでも見ることができるようにしました。


コロナ禍で続く見えない戦い
──大涌谷の噴火や台風など、箱根では近年災害が続きました。さらにコロナ禍で先の見えない戦いとなっています。
小川 私が一の湯に戻った15年は、大涌谷が噴火した年でした。社長に就任したのは18年ですが、その翌年の19年は台風で大きな被害を受けました。川が増水し、浸水や停電、設備の破損など、たった一晩で世界が変わったような感じを受けました。ただ、被災後は、いかにスピーディーに復旧するかを考えるだけ。動けば復活できるという希望がありました。
でも、コロナ禍では徐々に徐々に悪くなっていったように感じます。先の見通しが全く立たないところも違いました。先手を打とうとするとそれが裏目に出る場合もありました。これまでのアクシデントとは違い、見えない戦いを強いられている感じです。
20年3月中旬頃から新型コロナの影響が全国に広まり、いつどこで誰が発症するかわからない状況になりました。お客様と従業員の健康を100%担保できるかを考え、「できない」と思った時初めて、休業を視野に入れました。資金調達と、労働組合との休業補償締結を整えたうえで、休業を決めました。4月7日に緊急事態宣言が発令される1週間前のことです。段取りがつき、緊急事態宣言が発令されたその日に、全館休業を全従業員に伝えました。
──休業期間中は何をしていましたか。
小川 この先1、2年は不安定な状態が続くと思い、経費削減の対策を行いました。
例えば、客室清掃の内製化です。これまでアウトソーシングしていたものを、自分たちでやることにしました。旅館再開にあたり、特に重要になるのが衛生対策です。客室清掃はその要ともいえるものですから、一の湯の品質を担保するためにも、自社で行うことにしたのです。
清掃の自社化は、従業員の働き方を改革する目的もありました。旅館の仕事は、朝食時からチェックアウトが重なる10時過ぎまでと、チェックイン後の夕食の時間帯が一番忙しい。そのため、これまでは、全ての従業員ではありませんが、朝7時から11時頃まで働き、その後休憩を6時間とって夕方5時頃から夜まで働くという、拘束時間の長い勤務体系となっていました。休憩はあっても、拘束時間が長い働き方は、働きやすいとはいえません。それで「8・0時間プロジェクト」という労働時間改善プロジェクトを立ち上げ、昼間の中途半端な休憩時間を減らすようにしました。休憩時間としていた時間に客室清掃を入れ、朝から昼までの8時間と、昼から夜までの8時間の交代勤務にしようと改善を重ねています。
ほかにも、従業員への食事の外注を自社化へ切り替えるコスト削減、現場業務の見直しによる生産性向上、固定費の削減、会議時間を40分にする上限の設定、社内コミュニケーションツールを使用した情報共有のスピードアップなど、大小さまざまな施策を実施してきた結果、2400万円の経費削減となりました。


まずは箱根の地でトップを目指す
――休業中の給与などはどのように対応されたのでしょうか。
小川 休業中は、給与を全額支給することを組合と約束しました。休業してしまうわけですから経営的には厳しい。ただ、私たちがこれから達成しようとしているビジョンは、45年に旅館やホテルなどの宿泊施設を200店舗出すことです。そのためには、今いる従業員全員の力が必要でした。ですから、「厳しいから従業員に辞めてもらう」のではなく、「今は辛いけど頑張ろう、そしてこの後も一緒に頑張っていこう」と私からメッセージを発信しました。
――6月に営業を再開してからは、いかがでしたか。
小川 6月の稼働状況は対前年比で7割程。ただ、19年7月に2店舗オープンし、部屋数が増えていますから、実稼働率は40パーセント弱程でしょうか。7月も同じような状況でしたが、8月には実稼働率75パーセントとなりました。9月、10月になると、Gotoトラベルの影響でお客様がぐっと増え、11月の実稼働率は91パーセントでした。
また、6月の予約再開前に、お客様に安心して使っていただけるよう、フェイスシールドの着用や消毒の徹底など、できる限りの衛生管理を行っていることを「箱根一の湯クリンリネスポリシー」としてリリースしました。清掃の様子などを撮影し、動画サイトへのアップも行いました。徹底した衛生対策と、それを認知してもらう取り組みが功を奏しました。
――今後、どのような展開を考えていらっしゃるのでしょうか。
小川 一の湯は箱根の中でも老舗ですし、グループとしても大きくなってきています。とはいえ、まだまだ認知度は低いと思っています。ですから、「箱根の旅館と言えば“一の湯”」だと思ってもらえるよう、認知度を上げていく。「まずは箱根で一番になる」それが短期的な経営戦略です。そのために、お客様に喜んでいただけることを最優先に考え、社会から必要とされる企業に変革をしていきたいと考えています。
(文中敬称略)


株式会社一の湯
代表取締役社長 小川尊也氏

Company Profile
株式会社一の湯
所在地 神奈川県足柄下郡箱根町塔ノ沢90(塔ノ沢一の湯本館)
TEL 0460-85-5334(塔ノ沢一の湯本館) 0460-85-5331(一の湯総合予約センター)
創業 1630年
従業員数 210名
資本金 1100万円
売上高 17億円
https://www.ichinoyu.co.jp/

Profile
1985年生まれ。同志社大学卒業後サイゼリヤに入社。チェーンストア理論を学ぶ。2015年に一の湯に入社。商品開発本部を立ち上げ、常務取締役を経て、18年8月に33歳で16代目の社長に就任。前社長が推し進めてきた「人時生産性」の追求による経営の効率化を踏襲。さらに独自の方法で従業員スキルの平準化と働きやすさの追求を行っている。

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