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時代の変化にも揺るがない〝軸〞のある組織をつくる

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「変化に強い」とは、環境の変化に適応して自らを変えていける力である。だが、そのためには「変わらないもの」を〝軸〞として持っておかなければならない。そうでなければ、周囲の変化や膨大な情報に振り回される。こう主張するのは、丸菱電子二代目社長の南直樹氏だ。「変わらないもの」とは、古来より受け継がれた技術の伝承、そして故郷長岡の歴史である。これら普遍的な価値から導き出された同社の経営理念を、どのように社員の共通理解としていったのか。同社のこれまでの組織改革を振り返る。

業界内でも評価が高い金属熱処理の技術力
新潟県長岡市に本社を構える株式会社丸菱電子は1974年の創業、焼き入れなどを専門に行う金属熱処理を行う会社だ。農機具や産業機械、建設機器の部品加工をはじめ、近年では宇宙・航空、医療分野へと進出している。
現社長は二代目の南直樹氏。「金属熱処理の工程は、鋼を扱うすべての業界に関わるもの。発想次第で可能性はいくらでも広がります」と語る。
金属熱処理は特殊工程と呼ばれ、高い技術力が求められる。注文通りの硬さや強さを高精度で仕上げるだけでなく、最大15メートル30トンの長尺物から最小1・5センチメートルの精密部品にまで対応できることが同社の強みだ。業界のなかでも「高難易度の仕事は丸菱へ」という評価を得ている。
業界内の地位は磐石。業績も安定的に成長を続けており、近年における例外といえばリーマンショックの一時期、受注量が激減したことだろう。ただ、その頃から組織上の問題が浮かび上がってきた。社員の離職が目立つようになったのだ。
若い社員がすぐに辞めるのはまだしも、10年もかけて技術を身につけた中堅社員までが辞めるのは会社にとって大きな損失。何らかの対策が必要だった。
2011年、社長に就任した南氏は本格的に組織改善に着手する。



二代目就任を機に組織改革に取り組む
「もっと自分に合った仕事があるのではないか」「もっと楽に高い給料をもらえるような会社はないだろうか」……。社員が辞める理由は人それぞれだ。しかし、背景の一つとして考えられるのが、インターネットによる情報化の影響だ。
ネット情報は膨大だ。真偽はともかく、そこには他人の様々な楽しげな生き方やすばらしい働き方がある。転職情報もたくさん溢れている。今とは違う生き方、働き方の可能性が自分にもあるのでは……と思ったとしても不思議ではない。
しかし、逆に言えば、それは現在の自分に自信を持てない、あるいは、働くことの意義を見出せていないということではないか。そう思い当たった南氏は、社員たちに同社の成り立ちや存在意義をきちんと伝えてこなかったことに気がついた。
丸菱電子という会社で働くことに自信や誇りを持っていれば、少なくとも情報に振り回されることはない。転職するにしても、何か自分の中のブレない芯があっての決断であってほしい。
「ここ長岡は河井継之助、山本五十六、田中角栄と、歴史上のキーパーソンを輩出してきたところです。古くから農業が発達した地域で、鉄製の農具生産や刀鍛冶の技術にも長い伝統があります。農と鉄。文明発展に欠かせない二つの要素がここ長岡にあります。過去には戊辰戦争や空襲で壊滅的な被害を受けました。しかし、ものづくりの精神は連綿と受け継がれ、先人たちが努力を重ね、町を復興し、今があります。私も丸菱電子も、そんな歴史を持つ長岡で生まれたことを誇りに思っています。この地域に育ててもらったという感謝の気持ちがあります」。
長岡への誇りと感謝、その長岡で事業を営む同社の使命、ものづくりのすばらしさ……南氏はこれらを、経営理念『熱処理の先にある笑顔のために、関わりある全ての人の幸せを追求する』という言葉に込め、その想いをことあるごとに社員たちに語りかけていった。
同時に技術教育の強化策として、個々の社員がスキルアップ目標を立て、幹部社員が「お目付役」となって進捗状況を管理する体制をつくった。高度な技術を身につけることは、なによりも社員たちにとって自信になるからだ。
制度名は「藩主制度」。従来からあったQCサークルを「藩」とし、各藩のリーダーである幹部社員を「藩主」、部門長を「家老」、社長を「将軍」とそれぞれ呼び改めた。
QCサークルの改善活動を含め成果を上げた藩には、それに応じた「石高」が活動予算として与えられる仕組みを導入。言葉遊びかもしれないが、社員が「やらされ感」を抱かず、少しでも前向きに、仕事やスキルアップに取り組んでほしいとの配慮だった。


意識調査の結果は散々 そこから見えてきた課題
理念教育と技術教育の充実、打てる手は打った。ところが、その効果はほとんど現れなかった。以前と変わらず離職者はいたし、一部の社員たちのなかで「やらされ感」が広がっている様子も見てとれた。各藩の成果を表す「石高」も減少傾向が続いていた。なぜか?南氏は危機感を募らせた。
そんなある時、外部コンサルティング会社の勧めで全社員の意識調査を行った。約60項目の質問項目の回答がスコア化され、組織の課題が可視化されるというものだ。
調査結果は散々だった。社員の会社に対する愛着や思い入れ、個人と組織が高め合う関係性などを示す「エンゲージメント」の度合は最低ランク。会社が期待していることと社員が期待していることに、相当なズレが生じているというデータを突きつけられた。
「会社としては理念を浸透させたい。ところが社員たちが会社に期待しているのはもっと身近な問題、たとえば職場環境の改善だったのです。認識がズレているなかで、理念や想いを伝えても社員の心には響かない。今、振り返れば、押し付けになっていたのかもしれません」。
まずは自分から変わらねば、と南氏は社員の小さな声にも真剣に向き合うことにした。夏場の暑さや冬場の寒さ、室内の暗さ……今まで、社員たちが不満に感じていた作業場の環境を一つずつ改善していった。
すると次第に「作業効率が20%向上するので、設備を変更したい」といった積極的で具体的な改善案が、各現場から上がってくるようになった。「会社は自分たちを認めてくれている」という認識が社員の中で広がり、「では、自分たちは何をすべきか。どうすれば会社に貢献できるか」という当事者意識が芽生えてきたのだ。


意欲の高い社員が育ち新しい可能性が広がる
最初の意識調査から2年、同社は大きく変わった。エンゲージメント度は最高ランクになった。離職する社員もいなくなった。各藩の石高も回復、上昇を続けている。
「長岡の歴史や経営理念に対する理解が以前より深まりました。何よりみんなの顔つきが変わりました。全員が同じベクトルを向いているという一体感が生まれています」。
藩主制度は「廃藩」する予定だ。教育推進の「お目付役」はもう必要ないようだ。現在、同社では、全社員が金属熱処理技能士の資格を取得している。資格の勉強をするのは当たり前、という組織風土ができ上がっているのだ。
事務職員も資格取得者なので、顧客からの技術的な相談も正確に理解できる。担当者につなぐまでもない内容なら、その場で対応・解決することもある。事務職員の適切な対応は、顧客の信頼・安心にもつながっている。
これは単に社員が勉強熱心になったということではない。自分の業務範囲にとどまらず、より広い視野で顧客の課題やニーズを捉えることができるようになったということだ。こうした人材が育つことで企業の可能性はさらに広がる。
近年、同社はさまざまな挑戦を続けている。航空・宇宙、医療分野に進出のほか、フライパンの製造まで手がけるようになった。さらに現在、グループ会社を通じて、農業や食品といった新しい事業も展開している。一見かけ離れた異業種への進出のようだが、南氏の想いは一貫している。農業と鉄。長岡で発展した産業を、丸菱電子が受け継いでいくという意思の表れといえるだろう。
現在は環境変化のスピードが早い。その変化に適応できなければ企業は存続できない。変化についていくには、日常的な情報収集が欠かせない。その情報の中から新たなビジネスチャンスを掴む可能性もある。だが、膨大な情報を追いかける前に、大切なのは足元を固めることだ。そうでないと情報に振り回されることになる。
「儲かりそうなビジネスだからと安易に飛びついては会社の意義を見失います。周囲からの信頼も失います。人間も会社も同じ。変化が激しくて、情報が溢れている時代だからこそ、ブレない軸を持つことが大切です。一カ所にとどまるということではありません。自社に軸があってこそ、新しいことに挑戦ができるのです」。
同社にとって、その軸となるのが前述の経営理念『熱処理の先にある笑顔のために、関わりある全ての人の幸せを追求する』だ。全社員で熱処理技術を高めてこそ、その先の挑戦も可能となる。それが全社の共通理解となっていることが、同社の組織としての最大の強みと言えるだろう。モチベーションもエンゲージメントも、すべては理念につながっている。






株式会社丸菱電子
代表取締役社長 南直樹氏

Company Profile
株式会社丸菱電子
所在地 新潟県長岡市鉄工町1-2-10
TEL 0258-28-2222(代)
設立 1974年
資本金 3000万円
従業員数 48名
https://www.marubishi-ht.com/

Profile
1968年、新潟県長岡市生まれ。早稲田大学理工学部材料技術研究所卒業後、1990年に父親の経営する株式会社丸菱電子に入社。2011年、代表取締役社長に就任

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