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素早い対応が安心感を生み攻めの経営をバックアップ!

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2011年の東日本大震災による原発事故の影響で、廃業の危機に直面した株式会社ナプロアース。その復活劇の裏には、池本篤社長の強力なトップダウン型のリーダーシップがあった。しかし、その後、池本社長は理念をベースとしたボトムアップ型組織づくりを進める。自身の意識改革と社員全員で危機意識を共有する体制づくりなど、困難に正面から向き合ってきた。数々の困難を乗り越えた池本氏のリーダーシップの変遷から、有事におけるトップの姿勢のあり方にフォーカスする。

震災で変わった人生観 社員がワクワクできる会社に
1996年創業の自動車リサイクル業を営むナプロアース(福島県伊達市)は、中古車販売会社などから廃車を買い取り、部品パーツを販売。2007年にはウェブサイトを通じて、当時は珍しかった個人からの廃車買い取りを行う「廃車ドットコム」という通販事業も行ってきた。同社の池本篤社長は、それまでの業界の慣習を打ち破る姿勢から、自動車リサイクル業界の“革命児”とも称され、業界内で大きな注目を集めていた。
2011年、東日本大震災が起きたのは、さらなる事業成長が期待されていた矢先のこと。福島県双葉町にあった本社工場、浪江町の工場がともに津波の被害に遭い、いずれも原発事故における避難区域に指定され、閉鎖に追い込まれた(その後伊達市に本社移転)。この出来事は、池本氏の仕事観、ひいては人生観を根本から変えた。
「以前は、利益重視で事業を拡大することばかり考えていました。経営スタイルはワンマンで、指示通りにできなければ怒声を上げることも。もちろん、事業を拡大するためにも社員が成長するためにも必要なことだと思ったからこそのスパルタ方式でしたが、辞めてしまう社員が多くいたことも事実です。でも、震災でこれまで積み上げてきたものが一瞬でなくなってしまい、価値観が変わりました。マネジメントのあり方についても、もっと違うやり方があるんじゃないかと思ったんです」。
社長が指示命令をし、それが遂行できないときには叱責するという以前のマネジメントを止め、企画業務や会議資料作成など、社員に任せられる部分は任せ、関わる人皆が“ワクワクできる”会社にしようと、社員自らが問題意識を持ち、参加できる体勢へ変えていった。全員が対等な立場だということを意識づけするためにも、お互いを「さん」付けで呼び合うよう習慣づけた。これらの取り組みが功を奏し、震災の翌年には、既に震災前の売り上げを超える見事な復活劇を果たしたのだ。
「この時、経営者ひとりでは何もできないんだと気がつきました。会社は社員あってこそ。社員と一丸となってやることが大切なんだと感じています」。
その後、同社は再び急成長を果たし、グループ内の年商は約10億円にものぼる。



災害を乗り越えた経験が自信となって危機に役立つ
同社が困難に直面したのは、実はこの時だけではない。
19年に台風19号が日本に上陸した際にも、新たな場所で再出発を果たしていた福島県伊達郡の梁川工場が、水害によって甚大な被害を被ったのだ。同社は床上浸水の被害を受け、工場一階の在庫をすべて失った。機材も水浸しになり、使用できなくなった。だがこの時は、池本氏が陣頭指揮を取り、早めの対応をすることで乗り越えた。この経験から、池本氏は有事における経営者のリーダーシップの必要性を強く意識するようになったという。
「原発と水害を乗り切った経験は大きかった。危機が起きてから対処するのではなく、やるべきことを予測して先にやっておく。どんな危機が起きたとしても、できる限りの備えと心構えがあれば乗り切れるという自信がつきました」。
そんな中で再び訪れた危機が、20年から続く新型コロナウィルスの脅威だ。同社では、主な取り引き先である整備工場、板金工場、ディーラーなどが営業不振に追い込まれ、廃車の仕入れ数が激減した。また、渡航制限により、外国人顧客からの注文も期待できなくなった。さらに、取り扱いのあった鉄やレアメタル等の資源の相場が下落。これらの影響で、同社の売り上げは数カ月の間に2、3割ほど減少。同社は創立以来初めて、上半期の賞与の支給を停止した。
「売り上げは減少し、会社はピンチに陥りました。でも、これまで何度も危機を乗り切った経験と、ウチには自分で考え動ける社員がいるという自信によって、『きっと乗り切れるだろう』と、前向きな気持ちになれました」。



トップダウンの素早い判断 緊急時を乗り越える
池本氏は、有事の時だからこそのリーダーシップを発揮し、コロナ禍での会社の方針を次々に定めていった。まず行ったのが、コロナ対策マニュアルの作成だ。幹部社員たちが主体的に集まり、情報収集しながらPCR検査を受ける基準、感染した際の対応、外部からの問い合わせに対する対応、個人情報保護の扱いなどを細かく定めた。
「緊急時には、明確な指示をスピード感をもって行う必要があります。トップが迷っていたりすれば、社員が不安になってしまいますから、具体的な判断基準を、会社が即座に示さないといけません。社員が献身的にまとめてくれたおかげで、20年の2月末には完成し、その後も必要に応じて更新されています」。
マニュアルをつくったことで、有事の際の動き方がわかり、社員の間に安心感が広がった。と同時に、コロナに関するさまざまな約束事が書かれたマニュアルは、会社にとっての危機感を共有できるツールとなった。社内には「これから何ができるか考えていこう」という改善の意識も芽生えていった。
危機感を共有した社員たちは、不安に駆られるどころか、リモート営業の提案など、今できることを積極的に提案してくれているという。
また、業界全体が広告を控えるなか、池本氏は、広告枠の価格の低下をチャンスと睨み、テレビやラジオのCM出稿に積極的に乗り出したという。コロナ禍の危機は逆にチャンスにもなり得るのだ。
トップダウンのリーダーシップと、社員に包み隠さず現状を話し、全社一丸となって売り上げ確保に動いたことで、下半期には業績は順調に回復。コロナ禍にあっても、賞与を上乗せで支給することができた。



危機意識の共有から生まれた未来へ続く攻めの姿勢
「災害時におけるBCP(事業継続計画)は、企業にとって絶対に必要なものです。やるべき道を早めにつくっておいて、社員全員と共有しておけば、リスクヘッジになります。さらにそれだけでなく、生産性を向上させる強みにもなるんです」。
リーダーが進むべき道を示し、現状をしっかりと伝える。それを受け止めた社員たちが、危機感を共有し、いま何ができるのかを自ら考え、改善点を提案する。単に災害に対処していくのではなく、より良い方向へと全員で舵を進めていく。それこそが同社のBCPの姿だ。
現在、同社では、銀行やガソリンスタンド、大手損害保険の個人代理店といった異業種と提携し、販売チャンネルの拡大を進める試みが始まっている。
震災、水害、そしてコロナ禍と、大きな難局を乗り越えるごとにBCPを改善してきた同社。危機管理の方針がしっかり定まっていることで、社員は有事の際も安心して「今の状況をいかに自社に有利なものにできるか」を冷静に考えることができる。こうした同社のBCPは、「攻めの経営」の基盤となり、有事への対応を超え、同社をさらなる成長へと導いていくのだ。


株式会社ナプロアース
代表取締役社長 池本 篤氏

Company Profile
株式会社ナプロアース
所在地 福島県伊達市梁川町やながわ工業団地63-1
TEL 024-573-8091
設立 1996年
資本金 1500万円
売上高 約10億円
従業員数 45人
http://www.naproearth.co.jp/

Profile
1967年福島県生まれ。96 年有限会社ナプロフクシマ設立。創業時の困難を克服し、業績を順調に伸ばすが、2011 年の東日本大震災による津波に被災、浪江町の本社工場は原発事故による警戒区域となり操業不能に。同年、福島県伊達市に本社を移転。事業を再開、約一年で震災前の売上を回復。

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