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ハガキ一枚でも生まれる顧客とのつながり

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昨年の緊急事態宣言以降、それ以前の営業スタイルを見直さざるを得なくなった企業は少なくない。三密回避により顧客訪問やセミナー集客といった手が封じられれば、売り上げにも大きな影響が出かねない。そんななか、2020年6月から12月までの半期の売り上げが、前年対比2倍以上の伸びを示す企業がある。住宅の新築・リフォームを手がける、株式会社スイコー(仙台市)だ。地方のリフォーム会社がなぜそこまで健闘できたのか。凡事徹底で顧客ニーズを確実に拾い、受注に結びつけていく取り組みを、代表取締役社長、澤口司氏にうかがった。 ※本記事は2021年1月14日の取材をもとに作成したものです。

「社長にしないと辞める!」強引にリフォーム業へ転換
株式会社スイコーの創業は1984年。当時は三伸水道株式会社という名称の水道工事店だった。澤口氏が後継者として父親の起こした同社に新卒で入社したのはその3年後、87年のことだった。
大手住宅メーカーの下請け工事を請け負う三伸水道はその後もしばらくの間、確かな技術力で順調に成長を続けていたが、バブル経済も後半に入ると、度重なる単価の引き下げ要求に悩まされるようになった。先代は元公務員という経歴も関係してか、「元請けにしたがっていれば足元は盤石だ。耐えていればそのうち風向きもよくなる」とひたすら耐える経営を続け、そうこうするうちにじりじりと財務体質は悪化していった。
バブル崩壊を経て94年にはついに赤字転落、窮地に陥った。まだ若く、抜本的な経営改革を考えていた澤口氏は、この頃先代とかなり激しくぶつかったという。「とにかく下請けの位置にいてはだめだと。父とは平行線でしたが、最後は母親を味方につけて、『社長にしないと辞める!』と迫りました(笑)」。
実権を得て、まず澤口氏が手をつけたのはリフォーム業への進出だ。
当時の建築不況の中で独り気を吐いていたのがリフォーム業だった。60~70年代に建てられた住宅の老朽化が始まり、そこに人々のライフスタイルの変化も加わって、様々なリフォーム需要が起こっていた。
同社も下水道普及事業などに関わるなかで水回りの設備交換が必要な住宅を多数見てきていた。老朽化した部品の交換、難燃化や耐震補強といった機能の強化、間取りの変更、バリアフリーへの改装……。単なる増改築にとどまらない、家庭ごとに異なる細かいニーズを吸い上げ、対応していくには、地元に密着して小回りのきく、地場の中小企業が有利だった。ここでなら元請けの立場に立てると考えた。
約1年の準備期間を経て96年2月、代表取締役社長に就任。
直後からリフォーム事業への転換を果たす。新しい市場ということで当然、いくつかの失敗も味わうが、その都度学びを得ることで順調に成長を遂げていった。
そうして顧客が増え、できることも増えていくなかで、リノベーションと言われる大規模改装のニーズも発掘できるようになった頃、第二の転機が訪れた。
リノベーションは1000万~5000万円と高額な工事になりがちだ。顧客の側も、「それだけ出すなら新築のほうがよいのでは?」と迷いが出る。結局新築に……となった時、受注するのはスイコーではなく、他の住宅メーカーだった。「うちだって新築を請け負う力はある。でもそれがアピールできていない」。
2016年には宅地建物取引業に進出。リフォームや新築だけでなく、住宅の買取や売却も行うことで、住宅に関するニーズすべてをワンストップで対応できることを明確に打ち出した。



コロナで失われた営業機会をリピート需要発掘でカバー
2020年1月。同社にとってのコロナショックはまず、納品のストップから始まった。物流が止まり、海外で生産される部品もあるため、住設機器は完成品を納品できなくなった。住宅需要のピークである4月を控え、3月に引き渡しを予定していた工事がストップしていった。2月には新規の受注もできなくなった。
同社の営業の大きな柱は
・現場(完成)見学会
・セミナー、相談会
の二つだ。しかし、感染対策のため現場見学会ができなくなり、メーカーのショールームで年間90回開催していたリフォームセミナーも集客が難しくなっていった。三密を避けるためには致し方ない。とはいえ、それでは何もできない。
この、「何もできない」時期を利用して、一人の社員が「パーソナルニュースレター」を自分の顧客に出し始めた。もともと同社では顧客リストのメンテナンスを兼ねて毎月、「スイコー通信」というニュースレターを送っている。会社のイベントや社員を紹介する内容だ。これに加え、その社員が「犬を飼い始めました」「子どもが○歳になりました」「先日どこそこへ行ってこれを食べました」など、何気ない自分の近況をハガキにまとめて担当顧客に送ったところ、「久し振りで懐かしかった」、「あのときはお世話になりました」などと反響があり、数年、連絡のとれていなかった顧客から、「そう言えば……」と新たなリフォームの相談が舞い込むようになった。
顧客の側も外出自粛の日々を不安に思っていたのかもしれない。はからずも「住」についてじっくり考える時間があったのかもしれない。何にせよ反響を得たことで社員の士気は高まった。コロナ禍のなかでも、ニーズはあるのだ。営業に携わる社員は次々と自分なりのパーソナルニュースレターを書き始めた。
総務や経理などのスタッフ陣も通販事業を開始。爪切りや湯たんぽなど、スタッフがセレクトした日用雑貨を販売しているが、これも利益追求というよりは「通販事業にかこつけ、顧客とコミュニケーションを図りやすくするための工夫」だという。
その一方で、これまでのようにリフォームセミナーや相談会を街中で大規模に行うのでなく、日に1~2組、社屋へ顧客を招き、小規模に行うようになった。
同社の社屋はバスが1日1本という郊外にある。そこへわざわざ出向いてくる顧客はそれだけ真剣だということだ。ニーズや価格に対する本音もぶつけてくるし、わからない点があれば質問してくる。そんな相談を一つひとつ聞いて、確実に対応することで安心感を与え、満足度を高めていった。その結果、見込み客の母数は激減したにも関わらず、受注の確率やスピードは大きく高まり、以前は1カ月かかっていた商談が、1週間で成立するようになった。新築案件や2000万円以上の大口リフォーム案件が、次々とまとまっていった。


震災を乗り越えた自信が顧客との絆を強める結果に
この成果について、「やはり、会社として信頼していただけるようになったからでは」と澤口氏は言う。
ニュースレター、パーソナルニュースレターに加え、新聞への出広、動画サイトやブログなどを通じた住宅情報の提供を行っているが、それらの情報を精査した顧客から評価されているとの手応えを感じるそうだ。
その原動力となったパーソナルニュースレターは、実はコロナ以前から澤口氏が導入したかったことだった。リフォーム業においてリピート受注は極めて重要なものだ。過去の顧客の需要をいかに掘り起こしていくか。1人の顧客をいかに長くサポートしていくか。同業他社がこの手法で成果をあげていると聞いた澤口氏は、自社でもやってみようと社員に促した。しかし、個人的な内容のハガキを顧客に送ることに、社員の多くは躊躇し、結局、このときは根付かなかった。
営業とは関係ない日常的な文面で、人と人とのつながりを深めていく。そういう性質のものであるため、「強制では意味がない」と、澤口氏は、社員がその気になるのを待っていたという。その思いが図らずも、このコロナ禍において社員に届いたということだろう。また、この不安な時期に届いたハガキだからこそ、顧客はいっそう人のぬくもりや安心感を得たのかもしれない。「昨年3月は、コロナが蔓延し、世の中全体がどんよりしていた時期。行く先も見えず途方にくれました。東北大震災の時も地域で助け合って切り抜けたので、何とかやっていけるという気持ちはありましたが、具体的な方策はない。とにかく当たり前のこと、やるべきことを、足を地につけてやらなくては、と」。
当時はマスクが全国的に不足していたため、たまたま社員用にストックしていたものを顧客に送ることから始めた。それがパーソナルニュースレターにつながり、具体的な受注につながり、そして同業他社が業績を落とすなか、同社の売り上げは春先の落ち込みを取り返すように伸びていった。
例年4億円前後の売り上げが2020年度は3億円に減少。しかし次年度は再び4億円を上回る見込みが、既に立っている。厳しい時期こそ地に足をつける大切さを思い知らされる。

株式会社スイコー
代表取締役社長 澤口 司氏


Company Profile
株式会社スイコー
所在地 宮城県仙台市泉区松森字陣ヶ原50-1
TEL 022-374-0011
設立 1984年
資本金 3000万円
従業員数 17名
http://www.suikoo.jp

Profile
1963年、岩手県盛岡市生まれ。東北学院大学工学部(土木工学科)卒業後、87年、三伸水道株式会社(現スイコー)入社。89 年専務取締役就任、96年代表取締役就任、現在に至る。

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