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製造 × 後継者による事業革新 「くず餅一筋」だからこそ 生まれた可能性
兆(きざし)を読んだ戦略が 未来を切り拓く

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亀戸天神(東京都江東区)のすぐそばに本店を構える株式会社船橋屋は、215年の歴史を持つ老舗くず餅屋である。明治維新、関東大震災、第二次世界大戦と数々の激動の歴史を乗り越えてきた同社は、今回のコロナ禍においても、老舗ならではの手堅さと大胆さで、さらなる成長の可能性を探ろうとしている。アフターコロナの時代に向けてどのような戦略とビジョンをもっているのか。暖簾を守りつつも、様々な改革によって業績を大きく伸ばしてきた代表取締役社長の渡辺雅司氏に話を聞いた。

決算直後の大ダメージを迅速な対応でカバー
―─  店頭販売が中心の貴社にとって、今回のコロナウイルスによる影響はかなり大きかったのではありませんか?
渡辺 こういう会社存亡の危機というのは、先代も先々代も代々経営者が必ず一度は経験してきたことなので、私の代でも
やっぱりきたなという感じですね。当社は毎年3月に決算を行っているのですが、その時点では前年比に対して増益で終わることができていました。ところが、4月に収益ががたんと落ちました。百貨店が軒並み営業を止め、駅のコンコース内での販売もできなくなりました。本店では、販売のほかに喫茶店も経営しているのですが、そちらも営業ができませんでした。結果、お土産の売り上げだけになり、4月は前年比35%まで落ち込みました。
4月下旬から5月上旬というのは、通常であれば、亀戸天神で藤祭りが開催される時期です。このお祭りは、当社にとっては一年で一番の繁忙期ですが、これもすべて中止になってしまいました。それでも、5月には前年比60%、6月で80%ほどまでには回復してきています。

──  通販での売り上げはいかがでした?
渡辺 通販の比率は5%ぐらいしかありませんが、今年はゴールデンウィーク中に通販の売り上げが3倍にまで伸びました。いまも毎月1・5倍から2倍の割合で伸び続けています。藤祭りの中止をカバーできるほどではありませんが、通販が占める割合は確実に増えてきています。

── 会社としては新型コロナウイルスに対して、どのような対応を行ってきたのでしょうか?
渡辺 店舗での営業は一切できなくなりましたので、店舗スタッフに関しては、8~9割の休業補償を用意し、すぐに休業店舗に関しては休んでもらいました。くず餅の生産は止めることができませんので、工場の人たちには、時間短縮や出られる人だけ出社してもらう形で対応していきました。テレワークやズームによるオンライン会議なども導入しましたが、販売・生産業である以上、完全に在宅勤務にはできません。営業も、百貨店との交渉などの業務があるため、やはり在宅は難しい。ですので、管理、開発や営業の社員には、みな出社してもらいました。採用に関してだけはオンライン化を徹底して、現在も引き続きリモートで行っています。さすがに最終面接は直接お会いしますが、そこまではほぼオンライン
でのやり取りですね。ほかに具体的な対応策としては、本店で消臭・抗ウイルス効果がある光触媒を導入し、壁面、喫茶席、トイレなど、あらゆる箇所をコーティングしています。コスト的なものに関しては、私の役員賞与は全部カット。その他役員は25%カットとしました。

目標を数値化し無駄なコストを炙りだす
── 従業員の投票によるリーダー選挙など、これまでボトムアップ型の組織づくりをされてきました。今回のコロナショックでその方針に変化はありましたか?
渡辺 各人が目的意識を持って活躍できる、「オーケストラ型の組織」を目指すという点は変わりはありません。私の役割はあくまでもコンダクター(指揮者)であり、進むべき方向を指し示すこと。コンサートマスターである各部署のリーダーたちがそれを各人に伝え、一人ひとりが個性を生かしていく経営をする方針は変わりません。しかし、非常時は違います。みんなでこうやっていこうと考えている場合ではありません。社長がリーダーシップを発揮しないと、取り返しのつかない事態に陥ってしまう。スピードの面でも間に合いません。ですので、完全にトップダウンに移して、私が全体の指示を出しています。東日本大震災の時以来の私の陣頭指揮です。

── トップダウンで指示を出していく時に気をつけた点はありましたか?
渡辺 気持ちを暗くしないという点は、特に注意を払いました。トップの私が落ち込んだり、上手くいかないなどと思えば、それは社内に一斉に伝播していきます。ただでさえ、将来が見えず、従業員は不安になりやすいのです。私の役目は、暗い部屋に電気を灯すこと。状況が悪ければ悪いほど、つとめて明るい態度でいました。幸いなことに、当社の従業員たちはみな優秀で、暗くなることもなく、逆に前向きでいてくれましたね。
それともう一つ。単に「売り上げを上げろ」「無駄をなくせ」と指示を出すのではなく、数字を出すことも徹底しました。KPI(重要業績評価指標)を見直して、各部署ごとに目標を数値化していったのです。
例えば、通販部門ならサイトを訪問してくださったお客様の人数、年齢層、好みなどを徹底的に調査する。工場はくず餅が何時間でいくつ作られているかを細かくチェックして、プロセスの中に無駄がないかを調べ、目標とするべき人時生産数を割り出す。店舗では人時売り上げ数。お客様から注文を受けた時にあんみつ一つをどうやって箱詰めするのかまで、時間を全部計算して、最短でどうやって組んでいけるのかを探りました。これらの数値目標を設定し、無駄なものを炙りだしたり、人の動きの効率の悪いところを修正したりすることを徹底的に進めていきました。



当たり前にやることが大きなチャンスとなる
── これまでの業務のあり方を徹底的に見直してきたなかで、見えてきたことはあるのでしょうか?
渡辺 お客様は、いま、こういう時期に何を求めているのかを真剣に考えていく必要があると思います。消費の形が変わりつつあるいまの時代は、お客様自身ですらまだ気がついていないようなインサイトを見つけられるチャンスでもあるのです。
私はアフターコロナの時代は「兆を読む」時だと思っています。「兆」という字は手偏を付ければ「挑戦の『挑』」になります。逆に、足の意味の「辶(しんにょう)」を付けると「逃」になってしまいます。逃げるのではなく、ひと手間をかける。そうすることでチャンスは生まれます。

──時代を読むのはなかなか難しい感じもしますが。
渡辺 兆を読んで攻めの姿勢を取るのは、なにも特別なことではありません。今回のコロナの騒動の中、当社の従業員たちも様々な発見をしています。例えば、当社の通販事業は、ゴールデンウィーク中に急成長しています。Twitterのフォロワー数も、5000人から2万人超と約4倍に伸びました。これにはきっかけがあったのです。本当に些細なことなのですが、通販で商品を購入していただいた方に、マスクを一枚送ったのです。世間でマスクがほとんど品切れだった時期です。注文のあった商品のなかに、マスクを個包装して一筆「ご自愛ください」と書いた手紙を入れて送りま
した。こちらから告知は一切していませんし、狙ってやったわけではありませんが、お客様や家族の方がSNSなどに投稿してくれて、いっきに評判になりました。
やったことは、なんでもない当たり前のことです。お客様はいま絶対にマスクを欲しているから、というただそれだけの理由です。でも、これが、じつは「お客様の隠れた望みにアプローチすること」につながったのです。当たり前のことを当たり前にできるか、ということが非常に重要になります。それがベースにあって初めて「兆を読む」ことが可能になると私は思っています。今後は、さらに安心安全なモノを求める時代になっていくでしょう。くず餅は身体にいいことが自慢の商品です。当社としては当然、そこに特化していきます。あとは、どんなひと手間を加えるのかというのがポイント。今回の場合なら、「マスクが入っている」ことがポイントになったわけです。

くず餅製造から生まれた新機軸〝くず餅発酵生成エキス
── これからの時代に対して、通販に続く次の一手は考えていらっしゃるのですか?
渡辺 アフターコロナの時代は、女性が安心できるモノに消費が向かっていくだろうと考えています。家の中で体調を気にして、ウイルスに勝てる物を摂取しようという時代になるだろうと。低カロリー、無添加の発酵食品であるくず餅はその代表選手と言ってもいいのです。
あとは、くず餅やくず餅本体から発生したイノベーションを開発できるかどうかという話になってきます。戦略はいろいろあります。その中でも現在、特に力を入れているのはくず餅乳酸菌です。米とくず餅乳酸菌だけで、完全無添加の飲むくず餅を開発しているところです。“飲む美容液”ですね。ターゲットは20代後半から40代女性を考えています。この世代は、小さいお子さんがいらっしゃるからです。お母さんは「コロナに感染させたくない。免疫力、抵抗力をつけさせたい」と思います。そういう方々に、飲む美容液を通して、安心して食べられるのはくず餅だと知ってもらいたいのです。

── くず餅からそうした商品ができるとは想像がつきませんね。ほかにも利用できるものなのですか?
渡辺 くず餅の発酵生成エキスにも注目しています。くず餅は生産の過程で、匂いを落とすために何度も洗う必要があります。1日2回ずつ5日間。その際の、上澄み水はくず餅の仕込み水ですから、完全に無添加です。大学と協力して調べてみたところ、免疫細胞を活性化させたり、保湿効
果があるなど、様々なこともわかってきました。腸内環境も改善できるくず餅乳酸菌では、医療用サプリメントの販売までたどり着きました。次はエキスを活用し化粧水、さらに、様々な商品に応用していく予定です。
くず餅の発酵生成エキスは、どのようにでも展開が可能で、事業領域の拡大が見込めます。しかも、利用するのは、くず餅を作る際に使用する仕込み水ですから、できるまでには450日かかります。くず餅屋の船橋屋だからこそ生み出せたものであり、競合はほぼありません。



── ここまでくると、もはやくず餅屋という感じではなくなってきますね。
渡辺 くず餅乳酸菌に関しては、健康提案企業として事業を行っていきたいと真剣に考えています。くず餅乳酸菌ラボを設立し、そちらですべてを進めていく予定です。一方で、船橋屋はくず餅屋です。くず餅乳酸菌を手掛ける目的も、あくまでもくず餅の素晴らしさをより多くの人に知ってもらうためです。安心して食べられる安全なくず餅は、健康にもいいということをアピールしていきたい。まずは、通販を強化していきます。第一弾は、ご家庭で作れるふわふわなかき氷の通販です。これにもくず餅乳酸菌が入っています。私は、安心・安全・健康を提供できるくず餅は、人を幸せにできるものだと信じています。船橋屋は人を幸せにする会社です。くず餅という土台を見失いさえしなければ、絶対に失敗はしないでしょう。これからも軸をぶれさせずにいきたいですね。(文中敬称略)

株式会社 船橋屋
代表取締役社長(八代目当主)渡辺 雅司氏


1964年、東京都生まれ。立教大学卒業後、86年に旧三和銀行(現三菱UFJ銀行)入社。93年に船橋屋に入社すると、仕入れ先や金融機関との取引を一から見直すことをはじめ、ISO9001認証取得を目指すなど、次々と社内改革に取り組む。風紀が一新された後、自らの行動を反省し、ボトムアップ型の経営にシフト。2008年、八代目として代表取締役に就任。


COMPANY PROFILE
株式会社 船橋屋
◆所在地
東京都江東区亀戸3-2-14
https://www.funabashiya.co.jp/

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