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小売・流通 × 後継者による事業革新
ぬくもりの波紋を ファミリーから外へ広げていこう

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静岡県浜松市北区三ヶ日町。日照時間が長く、温暖な気候でみかんがよく育つ浜名湖畔に、祖父の代から80 年以上続く養蜂場の店舗がある。人口およそ1万5000 人のまちにあるその店には、年間約35 万人が訪れ、さまざまな種類の蜂蜜や、蜂蜜で甘みをつけたジャム、お菓子などの加工品を買っていく。製品の味もさることながら、常に笑顔で生き生きと働く従業員の姿は印象的だ。ぬくもりと笑顔溢れる蜂蜜専門店の、活気溢れる社内の秘訣はどこにあるのか、現在三代目として同社を率いる長坂養蜂場の長坂善人社長にお話を伺った。

お客さま至上主義で社内がギスギスに
「会社に入った当初は〝お客さま第一〟が正義だと思っていました」。長坂養蜂場の三代目、長坂善人社長はこう語る。
祖父が始めた養蜂業。二代目の父は、蜂蜜加工品をつくり、売り出すことで業績を伸ばした。長坂氏が後継者となったのは、店舗を拡張した際、母が体調不良に陥ったことがきっかけだった。
「それまでは『継がなくていい』と言っていた父から、初めて『継いで欲しい』と言われたんです。当時私は東京で働いていて、週末ごとに手伝いに帰っていました。
そういうこともあって、自分が継ぐのが自然な流れかもしれないと思ったんです」。
だが、元々は継ぐつもりがなかったこともあり、後継者として、養蜂業や経営について学んだことがない。
自分だからできることを一つでも持ったうえで会社を継ぎたいと考え、約2年半、取引先に修行に行った。
修行を終えて入社した長坂氏は、修行先で得たノウハウを元に、徐々に商品を変え、通信販売にも注力。
すると、売り上げはどんどん増えていった。
ところが、それに反比例するように、社内の雰囲気は悪化した。
売り上げが増えれば増えるほど忙しくなる。
求められるレベルは上がるが、それに見合った教育はなされない。
社員は疲れ、モチベーションもどんどん下がっていったという。
「母には『もっと従業員のことを考えなさい。
言っていることは正しいけど、やり方が間違っている』と言われていました。
でも、当時の私は聞く耳を持たなかった。
大切なのはお客さま。社員の気持ちを考える必要はないとすら思っていました」。
長坂氏がオフィスに入ると、途端にピリピリした空気になる——。
そんな状況に気がついてはいたものの、「自分は正しい」という想いが先に立ち、どうすればいいかわからなかった。
そんな時、たまたま参加した講演会で、「社員を大切にする経営」を実践している会社の経営者の話を聞いたのだ。
「ひたすら社員のことを想い続けている経営者がいて、その下で、社員はのびのびと楽しく働いている。
業績もいい。こんな会社もあるのかと、衝撃を受けました。
そして、自分は誰のために、何のために経営をするのか、改めて考えてみたんです」。

長坂養蜂場の創業の精神や経営理念、ミッションが記載されているカード「長坂養蜂場のこころ」


理念づくりで雰囲気が変わった
長坂氏は、自分たちが目指したいのはどんな会社なのかを明確にするために、まず経営理念をつくり直そうと考えた。
そのうえで、働きがいのある会社にしたいと思ったのだ。
新たな経営理念づくりは、経営陣、つまり長坂氏の両親と弟を含めた4名で行われた。
「最初は、一触即発の険悪な雰囲気でのミーティングでした」。
特に長坂氏と父親では、考え方もスピード感も違う。
家族だからこそ生じる甘えもあった。
だが、祖父の代から根底に流れる創業の精神は、家族の中に浸透していた。
「体の弱かった祖父は、蜂蜜を食べることで健康を取り戻した。
そのことへの感謝と、恩に報いたいという気持ちから会社をつくったと聞きました」。
祖父は、自分も相手も第三者もいい「三方よし」を地でいく生き方をしていた。
それを言葉にし、どんな会社にしていきたいかを話し合うことで、次第に家族の気持ちは一つになった。
そして2010年10月。経営方針発表会で『ぬくもりある会社をつくりましょう』という新たな経営理念を発表したのだ。
「新しい経営理念を発表して数カ月経った頃には、ギスギスしていた会社の空気が変わっていると感じました」。
理念を浸透させようと頭を悩ませてはいたものの、まだ具体的に何かできていたわけではない。
にもかかわらず尖っていた空気はまるくなり、社員に笑顔が見られるようになっていた。
「役員同士で言っていることが違ったりしていたものが、同じ方向を向き出した。
おそらくそれが安心感となって、社内の雰囲気を変えたんだと思います」。
新たな経営理念をつくったことで、社内の雰囲気が劇的に変化したと感じていた長坂氏だが、それゆえの不安があった。
「みんなが変わってくれたのに自分は変われているか?この先ずっとこの経営理念でやっていけるのか?考えるほどわからなくなってしまいました」。
自分に自信を持つために、長坂氏はとある経営塾を訪れた。
そこで、塾生のプレゼンテーションを聞いて気がついた。
「これまで、社員の気持ちを顧みることなく、責めてばかりいました。そのことを、従業員に対して、ただの一度も謝っていないことに気がついたんです」。
まずは謝ることからだ。長坂氏は、その直後に行われた全体会議で、以前の自分の言動について謝罪し、改めて経営理念に対する想いを話したのだ。


理念浸透によってリピート率が上昇
顧客第一主義から、従業員が働きがいをもって働ける、ぬくもりのある会社へと転換したことで、社員は自主的にさまざまなことに取り組むようになっていった。
社内には15のプロジェクトがあり、例えば毎朝行う朝礼の内容は、プロジェクトメンバーが話し合って決めている。
曜日ごとに違う取り組みを行い、サプライズで、陰で頑張ってきた人を称賛する場になることもある。朝礼は、社員がお互いを知る場であり、理念に向き合ったり価値観を伝え合ったりする場となっている。
また「ぬくもりの日」と称して、定休日である水曜日には、月2回ほど全員出社の日が設定されている。
この日は全従業員が、店舗運営やネット販売など、直接売り上げに貢献する業務をせず、「緊急じゃないけれど重要なこと」をする日となっている。
従業員の誰かが先生となり、敬語や手話、ミツバチについてなど、さまざまな内容で勉強会が開かれることもある。
「店舗が開いていると、陳列を整えたり製品をお客さまにお薦めしたりと忙しく、店舗業務以外のことはどうしても後回しになります。
もちろん売り上げは大切ですが、そこに直結しなくても、社員から『やりたい』という意見が出ていることはできるように、会社として応えたいと考えたんです」。
「ぬくもりの日」の使い方はさまざまだ。大勢のお客さまが来て忙しかった月は、従業員とその家族全員でバス旅行に行った日もある。
「費用は会社負担。勤務日ですから給与も発生します。それでもその時は、旅行をすることこそが会社と社員にとって大切だと思ったんです」。
もちろん、従業員のモチベーション向上のための取り組みもある。
その主なものとして、期末に行う方針発表会での表彰がある。
受賞者は、全社員による投票で決まる。
「〝陰日なた頑張り大賞〟や〝成長賞〟など、さまざまな角度からいろんな人に光が当たるように賞を設けました。この日は、社員が仲間の成長や喜びを一緒になって祝える大切な日。互いを賞賛し合える場があるから『がんばろう』という気持ちが湧くんだと思います」。

「ぬくもりの日」に行われた手話勉強会

自分が変われば周囲も変わる
経営理念の浸透が同社の業績にもたらした影響を端的に物語る事例もある。
「4年ほど前から社員の負担を減らそうと、営業時間を短縮。
営業日も減らしました。19年11月からの2カ月間では、トータルの営業時間が約150時間減っています。
当然、売り上げも落ちるだろうと覚悟していました。ところが、売り上げは落ちることなく、逆に上がったんです」。
実は、経営理念をつくった1年半後くらいから、商品を購入後、1年以内に再購入している人の数、つまりリピート率が、毎月少しずつ上がっていた。
4年ほどで58%に達してからは、その数字は維持されている。
営業時間が減っても売り上げに影響がなかったのは、固定客のリピート購入が多く、営業時間の短縮が「買わない」理由とならなかったからだろう。
長坂氏は、経営理念をつくり変え、お客さま至上主義から、社員を大切にする経営に切り替えた。
人によっては「社員を大切にしても、それを逆手にとって怠ける社員がいるんじゃないか」と思う人がいるかもしれない。
だが、長坂氏はこう語る。「自分も含め、経営陣がぬくもりのある会社を本気で目指していると、社員も少しずつ同じ方向を向くようになりました。
〝強い気持ち〟が重なることで、周りの人たちも感化されていくように、従業員が醸し出すぬくもりは、関わる人を温かな気持ちで満たしていくことだろう。

改革のポイント
◆社員も社員の家族も皆「ファミリー」社員の喜びを自分の喜びと思えるようにマインドセット
◆「ありがとう」という感謝の気持ちを大切に社長が自ら感謝の気持ちを社員に表すことで、常に感謝し合える風土が生まれる
◆自分が変われば周囲も変わる自然と社員が自ら動いてくれるようになる


株式会社長坂養蜂場
代表取締役社長 長坂 善人氏

1977年生まれ。大手はちみつメーカーで約2 年半修行したのち、2005 年、長坂養蜂場に入社。
2013 年社長就任。ぬくもりある会社をつくろうとさまざまな取り組みを行なっている。
第10 回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員会特別賞受賞。

Company Profile
株式会社長坂養蜂場
静岡県浜松市北区三ケ日町下尾奈97-1
TEL 053-524-1183
所在地 静岡県浜松市北区三ケ日町下尾奈97-1
https://www.1183.co.jp/

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