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建築・建設・工事 × 後継者による事業革新
「家づくり」から「人生相談」まで住む人を30年後まで見守りたい

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当社は2001年に父が興した会社です。父が亡くなって長男の私が後を継いだ10年、「大工小林」と社名を改称し、17年に法人設立しました。もともと父は大工として、地元の工務店に30年勤めていました。子どもは私を含む3人息子で、父の背中を見て育つうち、自然と大工に憧れるようになりました。長男の私は工業高校を卒業後、豊橋で6年間大工修業をし、次男は高専を卒業後に東京のゼネコンに就職、三男も工業高校を卒業後に岐阜に3年間大工修業に出ました。私の修業が終わるころ、次男も地元の愛知に戻り、三男も修業を終えました。そこで父が工務店から独立し、個人事業主として01年に「小林建築」を設立したのです。父が棟梁、息子3人が大工として働き始めました。最初は元請けの仕事はほとんどなく、父が働いていた工務店から大工工事を頼まれたり、その他のつながりで地元工務店からの仕事を受注するなど、下請けやリフォームが中心でした。父は、「真面目に一生懸命やれば仕事がある」という考えでしたが、実際の経営状態は決して順調ではありませんでした。

大工だった父に憧れ三兄弟も大工に成長

後から母に聞いた話では、貯金を切り崩して息子たちに給料を払っていたそうです。09年頃、いよいよ経営状況が厳しくなり、下請けの仕事だけではなく、自分たちで受注をする必要性を強く感じるようになりました。しかし代表の父も後継ぎである私も、家の作り方は知っていても、経営や営業の知識は皆無でした。そこで、まずは私が色々な勉強会に参加し始め、そのなかで商品開発・集客・営業をきちんとしなければいけないと強く感じるようになりました。自分なりに仕事につなげるための方法を模索していたところ、突然父が病に倒れ闘病が始まりました。

自宅を半分改築してモデルルームの代わりに

初に取り組んだのは、チラシを配って住宅見学会を開くという方法でした。しかし、これまで下請けの仕事しかしてこなかったので、モデルルームがありません。そこで住宅ローンを組んで、自宅を半分、モデルルームにすることにしました。平屋だった自宅を半分壊し、残した半分は私たち夫婦が暮らす住居としたまま、壊した半分は2階建てのモデルルームに改築し、見学会を開催しました。2階の増築はまだ完成前でしたが、改築途中の構造が見られるということを逆手に取り、すでに私たちが住んでいる部分と合わせ、両方を見てもらうことにしました。このアイデアが功を奏し、土日2日間開催をした見学会には朝から晩まで来場者が途切れず、150人の方が来てくれました。来場者にアンケートをお願いしたところ、50組様の名簿を集めることができました。来場者の多くは、近所の方や地域の方でした。みなさんは、私たち兄弟が大工であると知ってはいても、実際にどんな家を建てているのか知らない方ばかりでした。「リフォームを頼めるのか」「トイレの交換もできるのか」「値段はいくらなのか」など、具体的に知りたいことがあっても聞く機会がなかったということも、アンケートからわかりました。そこで、ニュースレターを発行し、仕事内容や施工例、値段を自分から発信することで、多くの方に知っていただくようにしました。

父の急逝後、弟と2人で再スタートを切る

2010年父が他界し、同居をしていた三男も、結婚を機に一人親方として独立することになりました。そこで、私と次男の2人で会社を続けることになりました。私が事業継承するにあたり、まずは会社名を「小林建築」から「大工小林」に改称しました。これは、全国に「小林建築」という会社は多数あり、ネットで検索しても見つけてもらえないからです。また、普通の建築会社とは異なり、創業者も後継ぎも「大工」だという、当社のアイデンティティを表現したかったからでもあります。


それからは「仕事はもらえると甘えるのはやめよう」と、下請けの仕事は全部キャンセルし、元受けになると決意しました。当然、最初のうちは、すぐに仕事が増えるわけではありませんでした。ニュースレターを発行し、イベントを続けることで、新規のお客様との出会いも増え、イベントのたびに1件、2件と仕事が決まるようになりました。そこで、施工ができる人材や、図面を描け、工程管理もできる人材を、中途採用として会社に迎えました。これは、家族だけで経営を続けてきた当社にとって、大きな転機となりました。

GNBCの課題をこなす過程で経営者としての自覚が育った

17年に株式会社を設立し、法人としての会社経営を学ぶ必要性を強く感じ、蒲郡信用金庫さんの若手経営者塾であるGNBC(がましんニュービジネスクラブ)に参加を決めました。塾の内容は「自分自身を知る」ことから始まり、経営理念やミッションの意義も考えることができました。改めて、社の皆で同じ目標に向かって進む重要性を感じ、以前からあった経営理念やミッションを、従業員とも共有するようにしました。他業種の方とのディスカッションもとても有益で、他社が業績不振から抜け出すきっかけになった取り組みなど、参考になる実例も多数知りました。建設業界とは全く違う業種の人とつながることで、視野も広がったと思います。また、毎回塾の課題をこなすことが会社の現状や将来を考えることにつながり、それが持続化補助金を申請する際の資料作成にも役立ちました。採択されるかどうかに関わらず、書類を作り込む過程で、会社と経営者である自分について考えること自体が、経営者にとってプラスとなるのではないでしょうか。今年度は、「ものづくり補助金」の獲得にも挑戦したいと考えています。

家づくりの相談だけでなく人生相談ができる大工に

こうした学びから、自社の強みは「質の高い住宅を作る技術」は当然として、それ以上に「顧客の生活に寄り添う」こと、「ライフスタイルの変化にも対応できるように家づくりの提案をしていくこと」だと再認識しました。私はいつでも、営業というより、人生相談に乗らせてもらう気持ちでお客様に接しています。今、本当に家を建てる必要があるのか、5年後、10年後、20年後、30年後の暮らしを見据え、お客様の本当のニーズを深掘りすることから始めています。特に子育て世代は、今の状況で家を考えてしまいがちですが、小学生も10 年後には車に乗り、駐車場がもう1台分必要になるかもしれません。子どもたちの成長に合わせて、子ども部屋を仕切るなど、自由に変えられるような間取りを提案しています。当社が家づくりで大切にしているのは「丈夫、安心安全、快適、長持ち」の4点です。「長持ちする家」にこだわっているのは、きちんとメンテナンスをしておけば、子どもが巣立った後も人に貸して家賃収入を得られるからです。


作るなら、建てた人が亡くなった後も、誰かがずっと住み継いでいける家、住み手のいない空き家という負の遺産にならない家を作りたいのです。他にも資産形成について勉強し、住宅資金についてのアドバイスもできるようにしています。事前にお金の話までできる工務店はないと思います。住宅資金以外にも、教育資金、リタイア以降の生活資金なども含めて、相談に乗らせていただいています。大工は、「家」というモノだけを作るのではありません。「人の暮らすスペース」を提案し、そこに住む家族がいきいきと笑顔で暮らす家ごと見守るのが、大工の仕事だと考えています。経営者であった父を突然亡くした自分の経験から、今後は、自分が現場に行かなくても会社が回るようにしていきたいと考えています。社長の自分が営業に行かなくても、紹介や口コミ、WEB集客などで仕事がつながっていくのが理想です。最近は自分の時間も少しずつ持てるようになり、社会的な活動もしています。地元の新城市に残るような大きなチェーンソーアートの作品を作るほか、木の雑貨の制作販売もしています。木製のペンは、新城市のふるさと納税返礼品に採用されました。これからも、大工として培った技術を「家づくり」に活かしながら、さらに活動の幅を広げていきたいと考えています。



大工小林株式会社
代表取締役 小林 裕樹氏


1977 年生まれ。工業高校卒業後、大工として6 年間修業。2001 年、父親が設立した小林建築に大工として入社。2010 年に事業承継し、社名を大工小林に改称。2017 年、株式会社設立。


Company Profile
大工小林株式会社

所在地 愛知県新城市上吉田字すのき立39-1
TEL 0536-34-0921
設立 2017 年( 創業2011 年)
従業員 6 名
https://daiku-kobayashi.jp


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