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製造 × 後継者による事業革新
成長を続けるナンバーツーが改革を後押しした

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八代目の当主・渡辺雅司氏による大胆な改革により、ピーク時には新卒1 万7000 人もの応募者が殺到する人気企業となった老舗くず餅店、株式会社船橋屋。その改革の大きな力となったのは、ナンバーツーと呼ばれる佐藤恭子氏の存在だった。佐藤氏はいかにして見いだされ、右腕としての役割を果たすようになったのか。渡辺氏と佐藤氏の両名からお話をうかがった。

船橋屋を陰で支えるナンバーツーの存在

創業は江戸時代、文化二年。亀戸天神のすぐ近くに店を構える船橋屋は、二一五年の歴史を誇る老舗くず餅屋だ。現在、経営を主導するのは八代目の当主である、代表取締役社長の渡辺雅司氏。渡辺氏は家業を継いで以来、いくつもの大きな改革に取り組んできた。仕入れ先や金融機関の抜本的な見直し、ISO9001認証取得への取り組み、社員教育の徹底など、改革は着実に実を結び、同社は現在でも業績を伸ばし続けている。こういった改革の大きな力となったのが、現在執行役員として企画本部長を務める佐藤恭子氏の存在だ。社長の懐刀とも呼ばれる佐藤氏に対する、渡辺氏の信頼は厚い。佐藤氏について渡辺氏はこう語る。「彼女がいることによって、さほど重要でない目先の仕事に追われることがなくなりました。本来、社長がするべき長期的な視点に立った仕事に専念できるようになったので。」

また、佐藤氏の負う役割は社長のサポート役に留まらない。時にはパートや新入社員たちの意見を聞く窓口になり、時には社長に厳しい諫言をするお目付け役にもなる。渡辺氏のパートナーとして船橋屋の未来のビジョンを語り合うことも少なくない。渡辺氏は佐藤氏の役割をオーケストラのコンサートマスターに喩える。そこには、全体をまとめる現場責任者のイメージがある。「組織の中で一番重要なのはナンバーツーの存在です。ナンバーツーが動かない限り、トップがいくら何を言っても組織というものは動きません。そういう意味では彼女は唯一無二の存在です」。現在、佐藤氏は船橋屋全体を管理する役職に付いている。管轄するのは、子会社を含めて全部で5社。新製品のくず餅乳酸菌サプリや、バズマーケティング事業など、船橋屋の未来を築く事業にも大きく関わっている。

面接時に見いだされた能力が管理職として活かされていく

佐藤氏が船橋屋に入社したのは2004年4月のこと。だが、すでにその前の面接段階から彼女のナンバーツーとしての片鱗は見えていた。まだ学生だった佐藤氏は、面接を行っていた渡辺氏にレポートを提出したのだ。それは、船橋屋全店を回って、各店舗の動向や特徴なをイラスト入りで詳細にまとめたものだった。その熱意と分析能力の高さは渡辺氏の目を引いた。船橋屋からの採用が決まる前だったにも関わらず、佐藤氏はほかの2社を辞退して、船橋屋一本に絞る。結果的にこの選択が船橋屋のナンバーツーへの道へと繋がった。とはいえ、佐藤氏にとって現在に至る道は、決して順風満帆だったわけではない。入社当初は、老舗特有の職人の世界に戸惑うことも多かった。入社してすぐに会社のことを詳しく知りたいと思った佐藤氏は、工場長に直接話を聞きに行く。それが社内で大きな問題になった。佐藤氏は、後日営業部長に呼ばれて、手厳しい説教をもらう。


「新入社員が直接工場長に話しかけるな」という一方的な批判だ。当時の船橋屋はそのような考えがまかり通る社風だった。渡辺氏による様々な改革が始まったのは、佐藤氏が入社し2、3年目。さらに08年に渡辺氏が社長に就任し、この時期は渡辺氏にとって大きな決断を迫られる時期だった。トップダウンでの改革に限界を感じ、若い社員の声を経営に取り入れる仕組みづくりを目指していた渡辺氏は、社内の抜本的改革が必要と感じ、社員たちが自らリーダーを決める社内総選挙を実施する。経営者である渡辺氏がトップダウンで幹部を選出するよりも、ただ社歴が長いからという理由だけで選出するよりも、働く人たちが納得して選んだ人間を幹部にした方が組織がまとまると考えた。渡辺氏の中に、選挙の選出候補予測に佐藤氏も入っていた。「若手、ベテラン関係なく、社員全員から選ばれたとなれば、誰も何も言えないですからね。」選挙の結果、渡辺氏の思った通り、佐藤氏はリーダーに選ばれ、執行役員として選出される。


管理職となった佐藤氏が意識的に心掛けてきたのは、女性の声を聞くということだった。船橋屋の社員の割合は六対四で女性が多い。しかし、部長職は男性が多く、女性たちが上司に相談する環境は整っていなかった。結婚・出産を経て職場復帰したいと願う女性社員は多い。佐藤氏はその相談に乗りつつ、会社の環境改革にも取り組んでいった。単に相談を受けるだけではなく、課題を設け、問題解決のために働く。執行役員はそれができるポジションだった。渡辺氏の改革と佐藤氏の行動力は実を結び、社内の雰囲気は大きく変化した。佐藤氏が入社した当時は、ほかの部署の人間と会話することなどほとんどなかったが、現在ではプライベートでもみんなで出かけるという社風になってきている。


マネジャーとして求められる高い目線

現在、渡辺氏が佐藤氏に求めているのは、社長である自分と現場との仲介役だ。「ナンバーツーの仕事は、トップの方針を理解して、それを組織に落としこんでいくことです。佐藤はフォロワーシップとリーダーシップの両方を持っています。下と上の緩衝材として、どこまでを社長まで回すかどうかの判断ができる。それに私が考えていることを事細かに説明しなくても、感じ取って瞬時に形にする能力があります。」渡辺氏にとって佐藤氏はいまやなくてはならないナンバーツーだ。それゆえに彼女に対する期待もより高まっている。渡辺氏がこれからの佐藤氏に求めているのは「リーダーとしての目線」だ。10階建てのビルに喩えるなら、新入社員やパートの人々は1階から見る目線だ。


これが入社5年目、6年目と経つと、3階や4階からの目線に変わる。さらに部長クラスになると5階、6階へ。社長となれば10階からの目線を求められる。佐藤氏には1階からの目線を受け止めつつも、高い目線から会社の経営を考えてほしいと渡辺氏は考えている。「現場の目線になれるというのは大事なことです。でも、佐藤にはそこに時間を取ってほしくない。彼女のナンバーツーを作って、現場のことはその人に任せるぐらいになってほしい。彼女には大きな目線で物事を見てもらいたいんです。」大きな改革を実行し船橋屋の経営を軌道に乗せた渡辺氏だが、「まだ三合目か四合目」と現状を分析している。今後グローバルに展開するためには、優秀な人材を採用していかなければならないし、生え抜きの社員を育成していく必要もあるだろう。


会社を成長させるためには、やはり佐藤氏が鍵となってくる。「ポジションが人を育てる」と語る佐藤氏は、自身も新卒採用を経験することで、会社を動かす意識と責任感を育んできた。渡辺氏は現在、組織体系の改革を模索中だという。目指しているのは、社員全員が自分たちのやりがいを感じられ、自分のコミットメントを達成できる組織の形だ。そこで佐藤氏に求められるのはマネジャーとしての役割になる。「人を活かせるようなマネジメントをやってもらいたい。プレーヤーやプレイングマネジャーとは全然違うマネジャーとしての仕事を佐藤には担ってもらいたい。ゴールはない。止まったらそこで終わり」と語る渡辺氏。老舗を繋いでいく挑戦はこれからも続いていく。さらなる成長を期待される佐藤氏の、右腕としての役割もまた、ますます高まっていくに違いない。


株式会社船橋屋
代表取締役社長 渡辺雅司氏


1964 年東京都生まれ。立教大学経済学部卒業後、86 年に旧三和銀行(現三菱UFJ 銀行)に入行。93 年に船橋屋に入社。2008 年八代目社長に就任。数多くの経営改革と人材開発メソッドが注目され全国から講演依頼が殺到している。著書に『Being Management 「リーダー」をやめると、うまくいく。』(PHP 研究所)


Company Profile
株式会社船橋屋

所在地 東京都江東区亀戸3-2-14(本店)
設立 1952 年10 月(創業/ 文化2 年)
http://www.funabashiya.co.jp/

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