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製造 × 後継者による事業革新 西陣織の老舗企業からウェアラブルIoT企業へ
破産寸前の家業を継ぎ 起死回生のV字回復を果たす

ミツフジ株式会社

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IoT技術を駆使したウェアラブル市場は、ここ数年で広まりを見せている。ウェアラブルは、身に付けているだけで血圧や心拍数、消費したカロリーなどがたちどころに数値化され、自身の健康に役立てることができる、今後も拡大が見込まれている成長産業だ。そんな業界で突如として頭角を現したのが、ミツフジ株式会社(京都府精華町)。社長である三寺歩氏は、就任後、戦後から続く老舗の同社を世界に名を轟かせるウェアラブル企業に生まれ変わらせ、世間をあっと言わせた。京都の小さな工場が急成長を遂げた理由は何か。若き三代目社長に、その経緯をうかがった。

小さな京都の町工場から世界を驚かせるIoT企業へ

自分の体調や活動データを「見える化」して管理するウェアラブルデバイス。情報端末を身に付けておくだけで生体情報が収集できるという手軽さから、注目を集めている市場だ。世界的な健康志向の高まりが後押ししていることは疑いようがないが、そんななか、〝着る〟ウェアラブルデバイスを研究開発し、世界から注目されているのがミツフジ株式会社だ。

同社の提供するサービスはhamon(ハモン)と名付けられている。hamonは、身に付けるウェア、ウェアにセットして生体情報を発信するトランスミッター、そして、入手したデータをモニタリングできるアプリ、という構成になっている。

モニタリングできるのは、心電・心拍、呼吸数、温度・湿度など(開発中のものを含む)。これらは同社のクラウドに格納され、解析した結果が管理者に通知される。受け取った管理者は、情報をもとに着用者の安全管理を図る、といった仕組みだ。

現在、長距離走行のドライバーや、炎天下のなか屋外で働く作業者などの安全管理、アスリートのトレーニング効果や休息のタイミングの可視化、要介護者に対する見守りといった形でサービスが展開されている。

同社がhamonを発表したのは2016年。まだ生まれたばかりの新しいサービスといえるが、ウェアに編み込まれる糸から、データを管理するクラウドまでをワンストップで提供できる企業は世界で唯一だという。

着想したのは代表取締役の三寺歩氏。2014年に三代目社長に就任したというから、同社にとっては激動の数年間だったに違いない。三寺氏は言う。

「当社は今も京都に本社があります。私がこの会社を継いだのは、地方の人材でも世界と戦えることを証明し、自分たちの可能性をあきらめないためです」。

今やウェアラブルIoT企業として世界が注目する同社は、もともとは西陣織の小さな工場が出発点だったのである。






















時代の荒波に逆らえず業績は下がり続けた

創業は1956(昭和31)年。三寺氏の祖父である冨士二氏が京都府城陽市で起ち上げた、西陣織の帯工場が始まりだ。高級織物の帯を製造したことで、創業後しばらくは好業績が続いたが、やがて着物産業は斜陽化。人々の装いが和装から洋装へと切り替わっていったことが大きな要因だった。

そのため、布団の装飾品を中心としたラッセルレース業へと事業転換。「織り」から「編み」へ転身を図ったわけだが、繊維産業そのものが落ち込みを見せ始めたことで、苦境が続くことになった。

二代目を継いだ、三寺氏の父である康廣氏は、状況を打開する方策を模索していた。そんな時に耳にしたのが、業界内で「魔法の糸」と噂されていた銀メッキ繊維だった。一縷の望みをかけて康廣氏は単身渡米。ペンシルバニア州スクラントンにある銀メッキ繊維の開発会社に赴き、滔々と自らの情熱を語った。

数々の大手日本企業も口説き落とせなかった会社だったが、熱意が認められ、独占契約にこぎつけることに成功。その後、自社開発を重ね、誕生したのが、銀メッキ導電性繊維「AGposs(エージーポス)」だ。

折しも、銀メッキ繊維に抗菌性能があると科学的に認められたこともあり、AGpossRは抗菌性の靴下などに使用され、同社は息を吹き返す。ところが、化学薬品の抗菌剤が開発されると、安価な抗菌靴下が次々に登場。当然、同社製の糸を使って丁寧に作られた靴下はそれらに比べ遥かに高額だったため、再び業績が落ち込むことになった。

東京で直面した社会課題を地元・京都で解消すべく帰郷

当時の三寺氏は、東京の大手企業でIT営業の仕事に従事していた。就職氷河期の世代である三寺氏にとって、その仕事は決してやりたかったこととは言えない。

「我々、氷河期世代に職業選択の余地はあまりありませんでした。600名の部署に新卒がわずか1人で、厳しい環境の中で業務に当たるしかありませんでした」。

ところが、新規開拓営業を通じて、企業の業績改善や価値向上に取り組んでいるうちに、日本経済の根幹にある問題が、自身の中で浮き彫りになっていく。それは、フリーターや非正規雇用の多い就職氷河期世代が、マネジメント能力の身につかないまま、経営幹部を担う年齢層に突入しているということ。それが、地方に深刻な経済格差を生み出しているということ。

そんな時に、三寺氏は父から電話を受けた。「資金がショートする。会社が保たない。社員が路頭に迷う」。祖父の代から続く会社が危機に瀕しているのを知ってはいた。しかし、父からそのことを鮮明に打ち明けられたのは、この時が初めて。そのまま何も手を差し伸べずにいることもできた。しかし、それでは自分を育ててくれた祖父や父ばかりか、生まれ育った街をも見捨てることになるのではないか。

ひと晩中考えに考え抜いた三寺氏は、今にも潰れかかっている会社の再建のため、京都に戻ってきたのである。三寺氏がまず取り掛かったのは、取引先回りだった。長年の経営の中で、赤字取引を続けている得意先が想像以上に多かったからだ。このままでは共倒れしてしまう。それは、取引の停止を願い出るという、老舗企業にとってはことのほかつらい仕事であった。その数は、全取引先の約8割に及ぶ。

そんななか、事業の柱として残されたのが銀メッキ繊維だった。売り上げはわずかなものだったが、同社の銀メッキ繊維は非常に評価が高いことが分かったのだ。その取引先のほとんどが研究機関。彼らはウェアラブルの研究をしているという。中には海外企業の姿もあった。

彼らは口を揃えて、同社の銀メッキ繊維は他社製に比べて非常に導電性に優れ、正確な数値の取れる、この研究に欠かせないものなのだ、という。それを耳にした三寺氏は確信した。

「その時、初めてウェアラブルという言葉を聞きました。そんなことができるのか、その技術のコアになっているのが銀メッキ繊維なのか。すごいな、と」。

こうして三寺氏は、父の開発した銀メッキ導電性繊維をただ販売するのではなく、銀メッキ繊維を使った最終製品を自社で開発することを決意。熟練した職人の技に、最新のウェアラブル技術を組み合わせて開発したのが、先述したhamonであった。
























丁寧なものづくりの精神が脅威のV字回復の鍵

ウェアラブルデバイスを開発中に三寺氏が考えていたのは、「この市場の接着剤になろう」ということ。

「ウェアラブル開発に必要な技術はすでにさまざまな形で存在しています。つまり、シーズ(種)はある。しかし、それぞれが分業になっていて、まとめる木がない。だから、参入したいというメーカーがいても、手が出ないのです」。

シーズとニーズをつなげる役割を担おうと、ワンストップで開発を手掛けた同社は、自社開発の技術を顧客のニーズに合わせてカスタマイズして、他社の発展にも役立とうとしている。倒産寸前のミツフジが、わずか数年で世界に名の知られるウェアラブルIoT企業になれたのは、ひとえに同社に流れる「ものづくり精神」の賜物だという。

「大きくない会社ですが、コアとなる技術を研ぎ澄ませてきた自信があります。その技術とは、他社から見れば銀メッキ繊維かもしれません。しかし、我が社の本当のコアは、創業以来大切にしてきた、織りと編みの丁寧な技術。高い技術力に裏打ちされたものづくりなんです」。

祖父の代から続く、職人芸の織りと編みの技術。父が開発した導電性の高い銀メッキ繊維。三寺氏は、この両者をつなぎ合わせることで、同社を大きな飛躍へ導くことができた。時代のうねりに翻弄されながらも生き残ってきた、同社の起死回生の挑戦が見せた成功。その行方は、中小企業の希望の光として、今後もますます目が離せないものとなるだろう。

 ミツフジ株式会社
 代表取締役社長  三寺 歩 氏


 1977年、京都出身。立命館大学経営学部卒業。
 2001年、松下電器産業に入社。シスコシステムズ、
 SAPジャパンなどを経て、14年に三ツ冨士繊維工業に入社し、
 社長に就任。2015年にミツフジに社名変更。
 2016年に自社初のIoT最終製品サービス「hamon」を発表。







後継者による事業革新のポイント
●ナンバーワンではなく、共に生き残る協調路線を図る
●「やがては東京」ではなく最初から世界を目指す
●シーズとニーズをつなげる接着剤の役割を担う

Company Profile









ミツフジ株式会社
所在地 <京都本社>
          京都府相楽郡精華町光台1丁目7
          けいはんなプラザラボ棟13階
          <東京本社>
          東京都千代田区内幸町2丁目2-3
          日比谷国際ビル4階
設立 1979年(創業1956年)
資本金 23億9450万円(資本準備金を含む)
従業員 49名(2019年5月時点)
https://www.mitsufuji.co.jp/

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