~夏季休業のお知らせ~
8月11日~19日まで夏季休業に伴い、 弊社における問い合わせ窓口・サービスをお休みさせていただきます。
ご不便おかけいたしますが、なにとぞご了承いただけますようお願い申し上げます。

3分で読める「現場を変えた社長の一工夫」

ビジネスサミットOnline » 現場を変えた社長のひと工夫 » 仕入先メーカーとの信頼を武器に BtoCのネット通販で成長する

製造 × 後継者による事業革新 工具卸からDIY文化創造事業へ転換
仕入先メーカーとの信頼を武器に BtoCのネット通販で成長する

株式会社大都

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

後継者が先代から引き継ぐ最大のものとは何か?人材、技術、顧客、のれん。どれも起業したからといってすぐ手にできるものではないが、卸問屋を前身とする株式会社大都にとって、それは経営上最大の強みである「仕入先」だったと、社長の山田岳人氏は答える。先代から渡された、企業という一艘の船の帆を上げ舵を取る「権限」と、それに伴う「重み」はどれほどのものだったのか。山田氏のこれまでの奮闘についてうかがった。

「後を継ぎ、会社を残せ」突きつけられた結婚の条件
 
社長の山田岳人氏は、大都では三代目経営者となる。そもそもは初代(妻の祖父)が徳島から出てきて大阪で修業し、そのまま起業した工具問屋だ。創業から80年を数える老舗である。

日本では工具の産地問屋は今も大阪、新潟、兵庫の3ヵ所に集積しており、上場しても大半が「産地」に本社をおく。その筆頭が大阪だ。初代は仕入れた工具を鞄に入れ、大阪から全国へ、汽車での行商に出たという。義父(二代目・先代)に代替わりした頃には、その手段はトラックに変わった。

当時「DIY」を謳い各地に林立したホームセンターや、工具店などから電話で注文を受ける度、配送を行う。問屋は単にメーカーから仕入れて小売店に売るだけの存在ではない。顧客ごとに在庫や物流のコントロールも必要で、そのために一日に何便も、大都のトラックは街を行き来した。「卸の強みは価格、納期、品揃え」と言われており、数多くの問屋がしのぎを削っていた。

三代目の山田氏は、そんな状況を何も知らずに同社へ入ってきた。それまで勤務していたのは畑違いのリクルート。学生時代から交際していた今の妻と結婚する条件として、義父から「後を継げ」と言われ、「もともとなにか起業したいと思っていたし」と引き受けたはいいが、恋人との語らいに家業の説明などそうは出てこなかったろう。

入ってみれば従業員15人ほどの、中高年者が大半の中小企業。山田氏28歳、1998年のことだった。

後継者候補とはいえ、当然最初は雑巾がけ、程度の覚悟はあったろうが、初日にスーツで出社してきて、まず命じられたのはトラック配送。「トラックなんて乗るの初めてだしエンストばっかり。「墨つぼ」などのメジャーな商品名も、ここに来て初めて名前を聞いた」(同氏)。

若手が来た、という歓迎ムードは感じられたものの、電話発注された工具名すら聞き取れない。顧客の利便のため、千円程度の工具を一日に何度も配達する商習慣も、不合理としか思えない。先代の親心で早々に専務取締役の肩書だけはついたものの、まずこの業界のことを勉強しようと、以後5年間は、ひたすら業界研究に没頭したという。

休日も厭わずありとあらゆる工具の展示会に足を運び、新商品の情報を仕入れ、メーカーでは配送の都度工具の使い方を訊ね、小売店には売れ筋や問題点を質問した。分厚いカタログ、職人や会社ごとに異なる符丁のような商品の呼び名をすべて記憶した。

「でも、知ることで初めて見えてくるものもあるんです」。営業マンがノルマどころか売上目標すら持たず、雑談すれば会社の愚痴ばかりしか出てこないのんびりした社風。手形の決済は180日と長く、条件を変えようにも話し合いにもならない。他社との差別化は価格しかなく、ただ仕入れて売るだけの日々。

あまりの夢のなさに、これからは消費者をターゲットにと独学で手がけたのが現在の「DIYツールドットコム」(2002年)だったが、社内では関心を示す者すらいなかった。社員たちは問屋業で利益は充分上がっていると思い込んでいたのだ。

が、実は会社の財務状況は危機的なものだった。年商は約4億あったが、山田氏が税理士と出した結論は、「今ならぎりぎり事業を精算できる。一年後にはもう廃業する体力さえない」というもの。義父へ「問屋事業を廃業させてください」と頭を下げたが、いつも優しい義父が「会社だけは続けてほしい」と譲らない。ならば――。
 
風が変わらなければ帆の向きを変える
 
では社風を変え、事業ドメインを変えるだけのこと。山田氏がそう腹をくくったのはこのときではないだろうか。2005年、従業員に経営状況を明かし、頭を下げつつも、一年後には結論を出すので奮起して欲しいと宣言した。が、それでも従業員の行動は変わらなかった。今までと同じ作業をただ定時まで、繰り返し続けるのみで、彼らは何も変わらなかったのだ。

事業を完全に畳むには時間がかかったが、山田氏は宣言通り、2006年、従業員全員のリストラを実施した。先代は反対しなかった。「なんとか退職金は全員に払えた。でも恨まれたと思います」。斬られた方も地獄だろうが斬る側も地獄。最悪の結果だったが山田氏は過去と決別し、将来に夢の持てる会社、社会に何らかの価値を提供する会社を新たに目指したいと考えた。

その試みの一つが、既に軌道にのっていたEコマースであったが、これは業界としては掟破りとされる点もあった。メーカーのなかには卸に対する契約で、消費者への直接販売を禁じるところもあるからだ。

「ある有名電動メーカーさんが正にそうで、やむなく代理店を降りたのですが、『辞めさせてくれと言われたのは初めてです』と言われました(笑)」。競合するホームセンターから、あんなことはやめさせてくれとメーカーに直訴され、取引を停止されたこともある。そんな逆風にあっても、また新規のサーバ等への投資の相談を受けても、「先代はただ、泰然としていました」と山田氏は振り返る。
 
「前だけを向いていられた」最速のバトンタッチ
 
長年蓄積された多数のメーカーとの取引により、他にない品揃えを誇る専門サイト「DIYツールドットコム」は、納期面でも強みを持つ。消費者から受けた発注情報を直接メーカーに流せる独自システムを開発し、無償で組み込んでもらったためだ。

通販サイト大手「アマゾン」の脅威を感じないわけではないが、工具専門ならではの品揃えと提案力(関連商品の選択など)もあり、今では同社の売上の大半を支える事業に成長した。2018年12月の売上は約39億円。古い業界に最新の経営手法と思想を持ち込んだ、典型的な成功例である。

さらに同社では2014年、体験型店舗「DIYFACTORY」を大阪と東京・二子玉川に1店ずつ開店した。衣食住について、日本ではとくに「住」の自由度が低い。一部のオーダー建築以外は、大半がハウスメーカーに提供された状態のままで暮らす。賃貸に至っては壁に何か貼ることすらできない。

「日本人はDIYができないんです。なぜできないかというと、誰もやり方を教えないから、文化として根付いていない。ぼくはそれをやりたい」。

山田社長がモデルとしたのはABCクッキングスクールだったという。常設で体系的な講義を行い、当時1100人の会員は、多様な講義のなかから受けたいものを選択する。加えて「自分たちの暮らしを自分たちの手で」を根付かせるために最近手がけたのが、ネットのコミュニティメディアだ。
























たまたま飛び込んだ工具卸の世界から、ほんの数年で、これだけの企業に成長した。他社で学んだ組織づくりも役立っただろうし、本人の努力ももちろんあったが、山田社長は、先代のおかげが大きいという。

「中小企業って怖いものです。事業だけではなく、個人保証など一切合切を引き継ぐ。もし潰れたら地元で銭湯にも行けない。先代としては口を出したくなるでしょう。でもバトンタッチって、前を走る者は、後ろに続く者が他には何も考えず、ただ一所懸命に走れるようにバトンを渡すのが最速じゃないですか。先代はその点、全部『任せたから』と、自分にバトンを渡してくれた。すごい人やなと思います」。

 
 株式会社大都
 代表取締役CEO
 山田岳人氏
 
 1969年石川県生まれ。大学卒業後リクルートに入社。6年間の人材採用の
 営業を経て1937年創業の総合金物工具商社、大都に入社。
 2002
年にEC事業を立ち上げる。11年、代表取締役に就任。
 
14年、リアル店舗「DIYFACTORYOSAKA」をオープン。
 (社)日本
DIY協会が認定する「DIYアドバイザー」の資格を持つ。
 
ベンチャー型事業承継成功のポイント
1.入社後5年間ひたすら業界研究に没頭。商品知識を身につけ新規事業の立ち上げに備える
2.仕入先メーカーとの信頼関係を承継、新規事業(ネット通販)における強み「豊富な品揃え」を実現する
 
株式会社大都
住所 大阪府大阪市生野区生野東2-5-3
創立 1937年
設立 1952年
TEL 06-6715-0020
資本金 4億6500万5685円
売上高 28億7800万円(2016年12月度)
従業員数 67名(社員:43名、アルバイト:24名)

記事の絞込

■業種
■カテゴリー

業種

カテゴリー