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建築・建設・工事 × 後継者による事業革新 若社長の奮闘で、崖っぷちの老舗企業がV字回復
日々成長を続ける社員と 業界トップへの返り咲きを目指す

磯部塗装株式会社

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関連企業の不祥事に巻き込まれ、突然の倒産と 子会社への本業譲渡を余儀なくされた磯部塗装。 再出発を率いる指導者に名乗り出たのは当時26歳の磯部武秀氏だった。 同氏が敢行した経営・組織の大胆な改革や積極的な社員教育などに ピンチの中小企業が採るべき明日への戦略を学ぶ。

「・・・・・・それで、新社長には誰がなる?」

コンサルタント会社での会議は30分以上も行き詰っていた。急転直下で巨額の負債を抱えることになり、親会社の倒産と子会社への本業譲渡で再出発を図ろうとした磯部塗装。しかし茨の道を歩むことが明白な社長業を引き受けようとする者は誰もいなかった。沈黙を破ったのは末席に座っていた社長の甥、当時弱冠26歳の磯部武秀氏。突然「自分がやります」と手を挙げたのだった。

「自分が社長になんて、その瞬間まで考えたこともなかったので、当然、誰にも相談していませんでした。先代社長の伯父も、役員の父もあぜんとしていました。でも他に誰もやりたがらないし、何もせずに立ち止まっているとこの会社はつぶれてしまう。とにかくなんとかしなくては、という一心でした」

その場で同氏が4代目社長に決定。混乱のさなか、磯部塗装再生のための若手社長の奮闘が始まった。

磯部塗装は創業1907(明治40)年の老舗。業界トップクラスの企業として、橋梁のメンテナンスやマンションの建築改修、橋梁メーカー内での塗装などを行う。日本で初めて鉄道橋梁の塗装を手掛け、最高水準の技術力で東京タワーや大鳴門橋、レインボーブリッジ、明石海峡大橋など、歴史的建造物の塗装に携わってきた。

ところが2009年、経営参加した防水剤販売会社の会計不正が発覚し、巨額の負債を負うことに。本社は倒産、子会社に本業の塗装業を譲渡する私的整理に追い込まれた。それには経営者を替える必要があったが、手を挙げる人が誰もいなかったため、磯部氏が立候補を決意したのだった。当時、在学中に起業したベンチャーの経営を続けていた同氏。

「それまで『磯部塗装とは全く違う仕事をやりたい』と思っていた一方で『いずれは手伝うことがあるかもしれない』と考えてもいたのですが、思いがけずその時がやってきた。パズルのピースがぴったりはまったような感じでした」と承継当時を振り返る。













専門外の塗装業を猛勉強

徹底した合理化で収益改善企業経営の経験があるといっても、当時の磯部氏にとって塗装業はほとんど専門外。就任後2~3週間で猛勉強し、工事のデータや財務関係の書類も全部読み込んだ。その結果、社内管理のずさんさや、経営側と現場で情報が共有されていないことが明らかになった。

「全てがドンブリ勘定に陥っていて、利益率を見ずに売上高だけを見ていたことと、頑張って利益を上げた人が正当に評価されていないことがわかったのです。このため、受注案件ごとの収支や利益率、社内の評価基準などの情報を公開し、共有することにしました。また、長年の取引先でも、利益率によっては受注するかどうか、案件を合理的に選別することにしました」。

こうした新しい経営・営業方針への反発はあった。社を去ったベテラン社員もいたが、残ってくれたベテランには、新規取引先の開拓など、ハードルの高い仕事を担当してもらった。

「荒っぽい改革だったかもしれませんが、会社の危機だから四の五の言っていられないという認識は皆にあったと思います。社員には『しばらくは我慢してください』と言っていました。利益が出せるようになったら、三分の一は成長のための投資に、三分の一は貯蓄に、そして三分の一は社員に還元することを約束するからと。就任後3~4年間はこの約束を果たせませんでしたが、6~8年目には実現できました」。

危機に陥った2009年以前、約40億円に達していた塗装業での売り上げは、再出発の年には35億円に大幅減。翌10年は26~27億円、11~13年は22億円にまで落ち込んだ。「継承後、3~4年目が谷間でした」と磯部氏は振り返る。この間新規の発注はなかったものの、取引先が手形決済の延期や融資に応じてくれたため、資金繰りはなんとかすることができた。失った信用を回復し、徐々に新規発注をもらえるようになった14年以降、売り上げは約27~28億円に持ち直した。

再成長軌道に入ろうとする15年2月には、「とうきょう活性化基金投資事業有限責任組合」から5000万円の融資を受けることができた。今期は40億円、来期は危機前を上回る50億円近くの売り上げを見込んでいる。このV字回復に「経営危機以前より借金の少ない、筋肉質な経営になっています」と磯部氏は胸を張る。


小田原地区の八つの橋梁で
塗り替えや剥落防止の工事を施工。
ローラーや高所作業車などでの多彩な工事に取り組む



日々の成長を実感できる社内教育システムを構築

09年に大幅に社員が減ったため「残った人を大事に育成しなくては」と考えた磯部氏は、社内教育システムの整備にも力を入れてきた。入社年数や役職によって、身に付けるべきスキルをリスト化し、社内評価もそれに応じて行うようにした。これは、職場や所属長によって社員教育に偏りが出ないようにするためでもある。

「OJTはもちろん必要ですが、『いちいち教わらなくても上司や先輩の背中を見て覚えろ』は、もう通用しません。例えば、命綱を必ず付けるなどの安全管理は、職人にとって実は難しい。『これくらい、いいだろう』となりがちですが、リスト化し共有することで、徹底できるようになりました」。

このスキルアップと評価のシステムにより、若手とのコミュニケーションが充実するというメリットもあった。最近は新入社員の退職はほとんどない。今日、磯部塗装は攻めの経営姿勢を明確にしている。15年9月から柏工場、16年8月から八千代工場と、2大工場が稼働。生産コストを減らし、橋梁メーカー内での塗装に対応できるようになり、競争力が高まった。海外からの技能実習生の採用・育成にも力を入れている。ミャンマーからは3年目の今年、12人の技能実習生が働いている。

ミャンマーからの技能実習生たち。
「真面目さとハングリーさのバランスがいい。
戦力として期待しています」
(磯部氏)



「社員にも技能実習生にも、夢を持てる仕事と職場が必要。スキルアップの階段を細かく刻んで成長を実感できるようにし、評価とつなげることが大事です。その骨組みは整いつつある」。

「土木塗装業界のナンバーワンに復帰したい」と意気込む磯部氏は、同氏が「財産」と語る社員とともに、今後も前進を続ける。


磯部塗装株式会社
代表取締役社長
磯部武秀氏

「専務(父)には『危機の会社を継がせて、正直申し訳ない気持ちがあったけど、おまえがやってくれてよかった』
と言われました。
会社は元通りを超えてさらに良くなっている。今後もさらに伸ばしていきます」


CompanyProfile
磯部塗装株式会社
設立1907年(明治40年)
資本金8500万円
売上高約28億円
従業員数133名(パート、アルバイト含む)
東京都江東区亀戸7-24-5
TEL03-5858-1358
URLhttp://www.isobe-painting.co.jp/

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