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製造 × イノベーションによる成長 特集 強みを活かして新分野に挑む
代々伝わるパイオニア精神で 業界を生き抜く

マルマン株式会社

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家庭用の味噌消費量が落ち込むなか、時代に合った新商品を開発、付加価値の高い商品を市場に 投入することで増益を達成しているのがマルマン株式会社だ。同社の成長の背景には、先代、先々 代から受け継がれてきたパイオニア精神があった。

家庭用から業務用へ高付加価値商品を開発

「家庭用味噌は特売商品として扱われることが多く、利幅が大きくありません。そこで今、積極的に展開しているのが付加価値の高い商品づくりです」。

こう語るのはマルマン株式会社(長野県飯田市)社長の林隆仁氏だ。同社は基本コンセプトとして「自然・安全・健康・環境」を掲げ、これに沿った新商品を続々と発表し続けている。現在、注力しているのが業務用食品の開発だ。2006年の発売以来のヒット商品「金山寺漬の素」は、肉や魚を焼く前に漬けて風味を増す調味料的な味噌。味噌以外でも梅や柿、リンゴなどを使った果実酢が好評で、業務用(付加価値商品)の売上構成比は、11年に15%だったのが、現在は25%へと伸長している。

「売り上げ全体は微減傾向ですが、高付加価値の業務用商品が伸びて増益を達成。利益を生む構造へと変えてきました」。

同社の商品開発には「信州の名工」(卓越技能者知事表彰)に認定され、「現場の社員の動き、音、においだけで、工場でどんな問題が発生しているかがわかる」という、林氏の職人技が活かされている。

「マルマンは代々、味噌業界のパイオニア的存在として知られてきました。そうした伝統やブランドを受け継ぎ、生かし、発展させて時代につなぐのが私の役割だと考えています」。

マルマンの創業は1888年、初代・中田卯蔵氏と二代目・初太郎氏が上飯田で麹・味噌製造業を始めたときまでさかのぼる。最大の転機は1944年、三代目・中田栄造氏が「中田式味噌速醸法」を発明し、特許を受けた時期だ。栄造氏が日々研究を重ね、味噌を短期間で製造できる方法を発見。それまで味噌の製造には約一年かかったが、この方法により20日間で味噌を製造することが可能となった。

戦後の混乱期、食糧難時代に栄造氏はこの特許を公開。全国の味噌製造業者がこれに倣ったという。続く四代目・中田教一氏(現・会長)の功績も大きい。90年代、大手の味噌製造会社が続々と低価格帯の味噌や出汁入り味噌を市場に投入していった。「中小ではとても太刀打ちできない」(林氏)状況になった際、教一氏が打ち出したのが、安全・安心志向の消費者に訴求する商品を提供するという方針。

そこで他社に先駆け開発したのが食品添加物を使わない「無添加みそ」だった。教一氏は特許及び実用新案権を取得し、中小企業に対してのみ低料金での使用を認めた。栄造氏、教一氏のこうした活動が「消費者や同業他社に貢献するために、新しいことを率先して行う」というマルマンの開発精神へとつながっていく。林氏はそんな教一氏の薫陶を直に受けながら、現場畑を歩んできたのだ。



林社長の写真をあしらった「名工の逸品」












肉や魚に合う業務用味噌として食品加工
メーカーへの販路を築いた






究極の無添加味噌を求め中国に農場をつくる

そんな林氏が「社の一大プロジェクト」を任されたのが96年のことだった。教一氏が生み出した「無添加みそ」をさらに発展させるべく、米や大豆などの使用する原材料すべてを有機無農薬にするという構想だ。

「小規模生産なら国内の農家から買い付けることもできますが、年間数百トン、数千トンという規模となると国内では無理」。

そこで林氏は先代の中田教一氏とともに、適した土地を探して世界中を飛び回った。「東南アジア、アメリカ、ヨーロッパとあらゆるところに行き、その結果たどり着いたのが現在、第二工場を置く、中国・内蒙古自治区ウランホト市でした」。

土壌や原料の残留農薬検査も徹底し、国内の基準のみならず、世界各国の検査基準を基に800もの農薬検査を行った。また、味噌の製造に留まらず、原料も農場部門もすべて自社で手掛けた。第三者が介在しないことで品質を担保し、食品添加物、農薬を一切使用しない有機無農薬の無添加味噌が完成した。


第二工場として中国・内蒙古自治区ウランホト市に設立された合弁会社「萬佳食品有限公司」。
広大な農場で有機無農薬の米、大豆を生産している



マルマン・スピリットで業界全体の発展を目指す

2014年、林氏は社長に就任。これまで創業家が代々社長を継いできた同社では異例だった。林氏には、従業員として経営者を見てきた強みがある。そのなかでやるべきことは「種を残すことだ」と考えている。すべてのお膳立てをして次代に引き継ぐのではなく、ものづくりの土壌とパイオニアとしての精神を次代に伝え、活躍してもらう。

「開発というのは思い入れなんです。自分が手掛けたものと人から渡されたものとでは思い入れが違う。思い入れがあればこそ、この事業を大事に育てたいと思えるのです」。

自らが受け継いだマルマンの精神と開発者としての思い入れ。この二つをどう伝えていくのか。林氏の模索は今も続いている。一方で、林氏が取り組んでいるのが味噌業界全体の底上げだ。味噌のすばらしさを消費者に伝えていくため、昨年は、小学生から高校生を対象とした"味噌大学"を設立。立命館大学や奈良女子大学、地元の飯田女子短期大学から講師を招き講演会を開いたり、学校の教室で味噌仕込みの実体験、味噌味の焼き菓子づくりなどの研修を行い、一般への味噌の普及を図っている。

「マルマンは栄造の遺伝子を伝えてきた会社。パイオニアであり続けなければなりません」。

地元との共同作業や新商品の開発など、すべてはこのパイオニア精神から生み出されている。マルマン・スピリットを胸に、林氏の挑戦はこれからも続く。




年間約5000トンを生産する本社工場






マルマン株式会社
代表取締役社長林隆仁氏










CompanyProfile
マルマン株式会社
長野県飯田市大通2-217
TEL0265-22-1234(代)
設立1951年(創業1888年)
資本金5000万円
売上高12億8000万円(2016年)
従業員数65名(パート含む)
http://maruman-miso.jp/

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