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その他 × 後継者による事業革新 五代目社長の奮闘で経営危機を脱却
「設計」と「不動産業」で 地域と社員の幸せを追求

メトロ設計株式会社

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売り上げの減少が止まらない状況で事業を承継。 自宅兼営業所も売却し、なりふり構わぬ奮闘で どん底からの企業再生を実現した小林一雄氏。 社員と地域の皆を幸せにする経営を目指す。

東京都の入谷、鬼子母神の隣に位置するメトロ設計株式会社。地下鉄の駅やトンネル、上下水道管や無電柱化など、「地下」に特化したインフラの設計と、自社ビルの事務所以外のフロアをテナントに貸し出す不動産業を展開している。

同社は1964年、現社長である小林一雄氏の祖父・深井弥一氏が、営団地下鉄を定年退職した仲間と創立。東京オリンピックで開発が進むなか地下鉄も建設ラッシュで、売り上げのほぼ全てが官公庁相手だった。

「顧客は以前、祖父の後輩や部下だった人たち。だからこそ?謙虚に、信頼される会社を目指す?という創業時からの社訓を作ったと聞いています。当社のように小さな会社が今も地下鉄の仕事をできているのは、この社訓が生きていることも理由の一つからかもしれませんね」。

しかし、メトロ設計と小林氏のこれまでは、順風満帆ではなかった。むしろその逆に、94年に売上高が過去最高の8億6000万円を達成したのを境に、同氏が入社した98年頃から減少期に入った。約20年の「冬の時代」を乗り越えてきたのだ。


東京本社ビル(中央)




経営環境の変化から窮地に

小林氏は大学の理工学部を卒業後、自動車メーカーに就職。3D-CADでエンジンを設計するコンカレントエンジニアリングのプロジェクトを担当していたが、3年後、異動話が持ち上がったのをきっかけに、メトロ設計への入社を決めた。

しかし当時、経営環境は大きく変わりつつあった。同社の取引先はほぼ官公庁のみだったが、国や地方自治体の公共事業予算は徐々に削減され始めていた。また2000年に先代の社長が現在の自社ビルの購入に踏み切った3年後、1階から5階に入居していた私立学校が倒産。学生が卒業するまで授業を続ける義務があったため、テナント収入がゼロになったのに、他のテナントを入居させることもできないという窮地に陥った。

同社では経営状況を改善するために新規事業を模索し、別の空きフロアをシェアオフィスとし、自社の事務所も縮小して1フロアを新たに賃貸に回した。また静岡県の緊急雇用促進事業でシステム開発案件を受注。小林氏自らが、新設した静岡営業所に単身赴任してHPやデータベース作成業務にあたったが、事務所新設の経費も経営を圧迫し、05年には経常収支が赤字に転落してしまった。

「会社をつぶさないために」あらゆる手段を模索

06年、負債は売り上げの倍以上の6億円にふくらんでいた。メトロ設計に入社後、「将来会社を引き継ぐために」と大学院でMBAを学んでいた小林氏。「恥を忍んで」大学院での友人に助言を受けながら、経営危機に陥った同社の再生のため奔走し、銀行にリスケジュール(借入条件の変更)を交渉するために、先代の父と取引銀行を回った。

「とにかく売り上げの減少が激しく、リストラと資金繰りに追われる日々でした」と、小林氏は当時の厳しい状況を振り返る。08年、先代が引退し小林氏が社長に就任する。この時、官公庁売り上げは53%、売上高は約3・5億円、ともにピーク時の半分になっていた。同氏は経営再建に着手。全国6都市の営業所と事務所を全て廃止し、自宅を兼ねていた横浜営業所も売却して給与の支払いに充てた。

リストラも行い、人事給与制度も年功序列から能力や貢献に見合った制度に変更。管理職の年収は1~2割減らし、役員報酬は5割にまで減らした。こうした痛みを伴う改革の結果、11年には減収増益に。さらに14年、民間への売り上げが官公庁へのそれを上回るとともに、増収増益に転換を果たした。昨年は中期経営計画の目標を達成し、賞与を出すこともできた。10年後の「無借金経営」を目標に、少しずつ進み続けている。

自社ビルの不動産業で「地域」の大切さに気付く

公共事業の削減による売り上げ減少を補うため取り組んだ自社ビル活用の不動産業は、小林氏に新たな視野をもたらした。一時は負債の返済に充てようと自社ビル売却を考えたものの、容積率や耐震性が現在の基準を満たしていないため、すぐには売却できないことが判明。

「このビルの経営を続けるほかない」と腹をくくった小林氏だが、ビル内の賃貸テナントを増やし、ベンチャー企業向けのシェアオフィスやクリエイター向けのシェアアトリエ、地域の人も利用できるイベントスペースを整備するうち、「空間を必要としている若い人」と「このビルと同様の古いビルを活用できずに困っているオーナー」をサポートし、地域の皆が喜ぶビジネスモデルを作るという目標ができた。


自社ビルにおけるシェアアトリエ
「SOOO dramatic!」





イベントの様子




「都市の地下インフラを、税金を使って整備するのが当社の仕事。しっかり税収のある地域づくりがビジネスの基盤で、そのためには地域の活性化が不可欠なのです。これからもインフラを守る技術を伝え、地域に貢献していきたいと考えています」。

3年後の東京オリンピックに向け、同社では無電柱化の地上機器を使ったデジタルサイネージの政策提言などを行っている。墨田区などの町工場と協業し、今後のインフラ維持・メンテナンスに役立つロボット開発などができるパートナーを探しているが、企業としての急務はむしろ「人材の採用や育成」だと小林氏は語る。

「本業の設計部門で退職者が相次いだ時期があったのですが、当時の私は?会社をつぶさず存続するという手段が目的化してしまい、何のために会社経営しているのかというビジョンや理念が無かったのです。今は社員が?自分の仕事や会社が好き?と言える会社、社員が幸せになる経営を目指しています」。

全社員への面談を通して自分の思いを伝え、中堅リーダーや有資格者の育成、新入社員の採用に力を入れている。小林氏は承継前後をこう振り返る。「父は65歳に引退し、その後は経営に一切口を出さずに見守ってくれていた。だからこそ私も代表の責任を負う覚悟ができたと感謝しています」。東京オリンピックへ向けたインフラ需要増の波に乗り、同氏の挑戦は今後も続いていく。



メトロ設計株式会社 代表取締役社長 小林一雄氏
「『地下』に特化している点が当社の強み。
技術はもちろん、多数の関係先との調整・折衝などの
ノウハウにも蓄積があります」







CompanyProfile
メトロ設計株式会社
設 立 1964年
資本金 8500万円
従業員数 32名(パート・アルバイトを含む)
東京都台東区下谷1丁目11番15号ソレイユ入谷
TEL 03-5827-3011(代表)
http://www.metro-ec.co.jp/

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