3分で読める「現場を変えた社長の一工夫」

ビジネスサミットOnline » 現場を変えた社長のひと工夫

「企業事例」や「経営者インタビュー」など、日々の経営にお役立ていただけるヒントをお届けします。 また税務や労務など、経営実務に関する記事も掲載いたします。(一部会員限定の記事もございますので、ログインの上ご覧ください)

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個性豊かなものづくり集団を組織する

ネジの製造から始まり、かつてはカード式公衆電話の部品をつくっていたという由紀精密。三代目の大坪正人氏は、時代の趨勢による受注減で倒れかけていた会社に、どこにも負けない切削加工の高い技術力があると気付き、下請け製造業から、自社で製品開発を行う開発型へと業態を転換。その強みを最大限に活かせる航空宇宙や医療業界へ進出し、見事復活を果たした。さらに、後継者難や、同じように高い技術力がありながらも埋もれ、消えかけている町工場の秘められた力を見出だし、グループ化。現在はホールディングスの社長としてグループ13社をまとめている。由紀精密を後進に譲り、ホールディングスの代表として新たな目標に向かい邁進する大坪氏に、中小製造業のグループ化による成長戦略についてうかがった。

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危機を乗り越え、再び確かな成長軌道へ

2020年から始まった新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは、21 年に入っても収束することなく、8月には過去最大の感染者数を記録。10 月頃から減少傾向にあるものの、21 年はコロナに始まりコロナに終わる1年となりそうだ。長期化するコロナ禍は、我々の生活にさまざまな変化をもたらした。そうした変化に立ち向かうためのヒントについて、中小企業庁で白書を企画制作している中小企業庁事業環境部企画課調査室の室長である芳田直樹氏に話を聞いた。

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​社長が検討すべき事業承継のYES/NO

自らの人生をかけて育ててきた会社を、誰に、どうやって引継ぐのか? 全国の金融機関と提携し、「親族内外承継(後継者の育成)」と「第三者承継(M&A を活用した成長支援)」の両面から中小企業の支援を行っているインクグロウ株式会社には、日々、事業承継に悩む経営者から質問や相談が寄せられている。様々な課題があるなかで、どうすれば事業承継を次世代に向けた成長への転換期とできるのか。事業承継の本質、そして、あるべき進め方について、同社代表取締役社長の鈴木智博氏に解説していただく。

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逆風下の魚屋を立て直した四代目の戦略思考

東京荻窪に本社・総本店を構える東信水産株式会社は1949年創業の鮮魚小売業者。直営店のほか多数のテナント店を展開、成長してきた。しかし近年では、働き方改革の影響や消費者の生活スタイルの変化により、収益構造が悪化、赤字が続いていた。そこに登場したのが、四代目社長の織茂信尋氏だった。社長就任時の赤字は9500万円に達していたが、その2年後には急回復。2020年の営業利益は7500万円と黒字化に成功した。その要因の一つが、新たにつくったプロセスセンター(東信館)。ここで魚を切り身や刺身、惣菜などに加工。自社店舗に出荷するだけでなく、ミニスーパーなど厨房を設置できない商業施設への卸事業も加速している。業界的にも厳しい経営環境下で、どのように再成長の道筋を見出したのか。織茂氏に社長就任前からの一連の改革についてうかがった。

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未来に残したい5000社を承継する

2021年9月、「社会貢献」と「資産運用」を両立する、日本初の個人投資家向け事業承継支援ファンドとして、「Yamato さわかみ事業承継未来ファンド」の募集開始が発表された。未上場企業の株式を取り扱うPEファンド、特に中小企業の支援を謳う事業承継ファンドが近年注目を集めているが、Yamato さわかみ事業承継機構の事業承継問題の解決策はそれらとは異なる、〝転売しない〞ファンドだ。具体的にいかなるものか。その意義とスキーム、展望をうかがった。

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ビジョンを共有できる人材とともに未来を創る

2000年、父親が創業した日本電鍍工業株式会社を突然継ぐことになった伊藤麻美氏。企業で働いた経験もなく、ましてや経営に関する知識もない32歳の女性が社長に就任することに社内外は大いに動揺した。しかし、経営不振にあえいでいた同社はわずか3年で黒字化、伊藤氏は経営者として一躍注目される存在となった。そんな伊藤氏をしても、組織改革には長らく着手できなかった。経営再建を支えたベテランの姿勢ややり方を変えることができなかったからだ。そこで、地道に20代、30代の若手を採用し、機が熟すのを待った。2014年、ついに組織づくりへと動き出す。7年経ったいま、現場は若手の創意工夫に溢れ、技術力が向上し、新たな事業も軌道に乗りはじめたという。ベテランが強かった組織が様変わりしているのだ。一体どのようにして組織改革を進めてきたのか、伊藤氏にその経緯と今後の展望をうかがった。

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囚われの自分を解放し変化を恐れない組織へ

クラウド会計・人事労務ソフトなどのサービスを中小企業に向けて提供するfreee。同社は、創業以来、組織が持つ文化を大切にし、常に本質を追求する文化を築き上げてきた。だが、遊び心を持ちながら課題を積極的に解決できる文化はあったものの、自分自身の至らない部分に目を向けて変えていく〝厳しさ〞が不足していたという。既存の組織文化を活かしつつ、新たな要素をプラスしていく試みは、どのように行われたのか。プロジェクトの指揮を執った西村尚久氏に、その過程と組織文化のあり方についてうかがった。

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廃業から一転、100億円の価値ある会社へ成長

加熱した金属をたたいて鍛えることで形をつくる鍛造技術。経験と天才的な勘によって、「鍛造では不可能」と言われたいくつもの成型を可能にしてきたのが、平鍛造の創業者であり、平美都江氏の父、昭七氏だ。ところが天才的な職人だった昭七氏は、認知症を発症。取引先に強気な態度を取り続け、事業承継したはずの平氏に相談なく廃業を宣言し、会社は窮地に立たされた。裁判によって会社の代表となった平氏は、裁判中、8カ月もの間操業停止状態で取引先もほぼゼロとなっていた会社をリスタート。経費削減や徹底的な合理化により業務効率を上げ、従業員が生き生きと働く会社へと成長させた。2018年、平氏は、永続的な承継を願い、大手上場企業に会社を売却。同社の経営から退いた平氏に、父への想いや平鍛造の承継についてうかがった。

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​世界一やりたいことができる会社を目指す

2006年、水道メンテナンス事業からスタートしたオアシスライフスタイルグループは、その後、台湾飲茶カフェ「春水堂(チュンスイタン)」でタピオカブームを巻き起こし、さらに独自開発した、スーツに見える作業着「WWS(ダブリューダブリューエス)」を大ヒットさせた。次々と異分野で成功する関谷有三氏の経営手腕は高く評価されており、いま最も注目されている起業家の一人である。そんな関谷氏だが、かつて実家の水道工事店に勤め、後継者として期待されながらまったく成果を出せない危機的な時期が3年間あったという。その危機をいかに抜け出したのか。倒産寸前だった会社をなぜ再建できたのか。そして、なぜ会社を継がず、起業家の道を選んだのか――。経営者人生の原点と事業への想いについてうかがった。

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環境改善によって売り上げ増加

神奈川県横浜市にある老舗印刷会社大川印刷。同社は、2004年から「ソーシャルプリンティングカンパニー®」として社会課題の解決につながる施策を打ち出し、18年にはジャパンSDGsアワード・SDGsパートナーシップ賞を受賞した。取り組みを進めるのは、六代目大川哲郎社長だ。同社は、石油系溶剤を含まないノンVOCインキの使用やFSC®森林認証紙の使用の促進、カーボンオフセット活動など、SDGsを軸にした施策を推進。その実績が新たな需要を呼び、業績アップへとつなげている。

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小規模だからこそできる迅速な決断と“幸せ”の追求

京都市右京区西さいいん院の住宅街に、開店前から整理券を求めて人が並ぶ小さな店がある。minitts(以後、ミニッツ)が運営する国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋(ひゃくしょくや)」だ。一日100 食限定。「また食べたい」という忘れられない味と、限定食というプレミア感が相まって人気を博している。コロナ禍では4店舗のうち2店舗を閉店。迅速な対応により、残りの2店舗では翌月から黒字に転換した。最小のコストで最大の利益を出す仕組みをつくり、多くの人に求められる店として存続し続ける同社は今、大きな野望を胸に、次のフェーズへと動き出している。

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「生産者ファースト」で流通を革新する

2016年11月に創業した株式会社ビビッドガーデン。同社が運営する「食べチョク」は、生産者と消費者とが直接取引できる通販サイトだ。どんな生産者が、どんな思いを込めて育てている野菜なのか。これまで意識されることのなかった生産者と消費者とのつながりを同社はサービスを通して築き上げている。近年、脚光を浴びている同社だが、ここまでの道のりは決して順調ではなかった。代表取締役の秋元里奈氏は「生産者のこだわりが正当に評価される世界へ」を合言葉に、生産者ファーストの姿勢で現在も事業を展開し続けている。大手IT企業を退職してまで実現したかった思いとは何なのか。いかにして思いが実現するまでに至ったのか。創業までの経緯と今後の展望についてうかがった。

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進化した「しない経営」で100年の競争優位を築く

長引く新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、アパレル各社が低迷する中、10期連続で最高益を達成した企業がある。プロ用作業服店のワークマンだ。創業40年の同社は日本全国の郊外ロードサイド立地を中心に47都道府県で913店舗(21年5月末現在)を展開し、元より卓越したオペレーションとローコスト経営で定評があった。2018年9月に1号店を出店した新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」では、一般客向けのスポーツウェアやアウトドア向けウェアに特化。「高機能低価格」をコンセプトに、これまでになかった市場を開拓し急成長を遂げた。新市場進出の背景には、確実に企業体質を高める思い切った経営改革があった。「100年の競争優位を築く経営」実現のポイントを、同社専務取締役・土屋哲雄氏にうかがった。

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​コロナ後も見据えマスクづくりに注力

コロナ禍で求められるニューノーマル。マスク着用はその代表的なものであるが、国内でコロナ感染が確認された直後、マスクが品切れとなったことがある。国産メーカーは慌てて対応を始めるなか、自社工場をフル稼働させてマスク製造にあたったアパレルメーカーがパレ・フタバ(広島県福山市)だ。この未曾有の危機に、若きアトツギはどのように立ち回ったのか。現在、副社長を務める藤井篤彦氏に、話をうかがった。

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下請け脱却を目指し自社ブランドを開発する

​オリジナル製品の開発は、多くの下請け製造業にとって成長戦略になりうるものだ。しかしハードルは高い。消費者への販路を持たず、知名度も低い、開発資金もなければ新事業に人員を割く余裕もない……。しかし、家具製造業であえてこの難しい挑戦をしているのが細田真之介氏。ポイントは、時代のニーズを捉えること。父親の反対を押し切って始めた新事業が、徐々に成果をあげつつある。

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老舗食堂を蘇らせた四代目のデジタル改革

「伊勢へ行きたい、伊勢路が見たい、せめて一生に一度でも」と謳われた三重県伊勢神宮。江戸時代に流行したお伊勢参りは我が国における観光旅行の原型とも言える。その門前町で食堂を営む「ゑびや」も、創業百年を超える老舗だ。同社はしかし、デジタルデータを駆使する徹底的な経営改革によって、現業の生産性を飛躍的に高めた企業として知られる。手がけたのは先代の娘婿として入社した四代目、代表取締役の小田島春樹氏だ。精度の高い来店客数予測や売上予測等に基づいた無駄のない店舗運営と、魅力的なメニュー開発、商品開発で経営内容は大きく改善し急成長。従業員の待遇改善にもつながった。「家業として考えれば、特に大きな問題があったわけではない。でも将来を見据えれば、手を打たないわけにはいかなかった」という小田島氏に、コロナ禍の影響と、次なる一手についてうかがった。

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役割の明確化で自由な組織を実現する

赤や青といった基本の色を混ぜ合わせ、色見本帳にある700色以上の塗料をつくる「調色」。この技術を活かし、お客様の要望に合わせて“欲しい色„をダイレクトに提供する塗料店が、タカラ塗料だ。同社では、若手のスタッフを中心に、20名ほどがイキイキと働き、コロナ禍にあっても増収増益を続けている。だが、3年ほど前までは、社員の顔色を窺う社長と、不満の多い社員ばかりの居心地の悪い会社だったという。そんな同社はいかにして変わり、変革の時代を生き抜いているのか。その変化の軌跡と秘訣を聞いた。

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今できる現場改革を徹底する

1630年、江戸時代に創業した一の湯は、箱根でも古い歴史を持つ老舗温泉旅館だ。先代社長である小川晴也氏は、洋風ホテルの失敗で赤字が膨らんだ一の湯を守るため、低価格路線の先陣を切り、チェーンストア理論にある人時生産性を経営に取り入れる等の改革を実施。業績は回復し、現在では、同地域に旅館とホテル合わせて10の施設を運営する一大グループとなっている。2015年、新卒で入社したサイゼリヤを辞めて一の湯に就職した息子の尊也氏は、常務を経て18年に社長に就任。先代が行ってきた経営を踏襲しつつ、従業員の誰もが質の高いサービスを行えるよう、すべての業務をマニュアル化した。コロナ禍にあっては、経費削減と徹底した衛生管理を行い、安価でありながら安心して贅沢な時間を過ごせる旅館として認知度を高め、今後、45年までにチェーンストア理論を最大限活かせる店舗数、200のグループ店舗の出店を目標に掲げている。

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時代の変化にも揺るがない〝軸〞のある組織をつくる

「変化に強い」とは、環境の変化に適応して自らを変えていける力である。だが、そのためには「変わらないもの」を〝軸〞として持っておかなければならない。そうでなければ、周囲の変化や膨大な情報に振り回される。こう主張するのは、丸菱電子二代目社長の南直樹氏だ。「変わらないもの」とは、古来より受け継がれた技術の伝承、そして故郷長岡の歴史である。これら普遍的な価値から導き出された同社の経営理念を、どのように社員の共通理解としていったのか。同社のこれまでの組織改革を振り返る。

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素早い対応が安心感を生み攻めの経営をバックアップ!

2011年の東日本大震災による原発事故の影響で、廃業の危機に直面した株式会社ナプロアース。その復活劇の裏には、池本篤社長の強力なトップダウン型のリーダーシップがあった。しかし、その後、池本社長は理念をベースとしたボトムアップ型組織づくりを進める。自身の意識改革と社員全員で危機意識を共有する体制づくりなど、困難に正面から向き合ってきた。数々の困難を乗り越えた池本氏のリーダーシップの変遷から、有事におけるトップの姿勢のあり方にフォーカスする。

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